株式会社ツクイ 取締役執行役員
森野佳織さん(高35期)

Profile森野佳織(もりのかおり)さん

1983年八幡高校卒業(高35期)
1999年株式会社ツクイ入社
2011年取締役就任
2015年取締役執行役員 サービス付き高齢者向け住宅推進統轄担当

高校卒業後、上京してデザイン専門学校で学んだのちに、デザイン事務所に勤務。その後フリーのグラフィックデザイナーとして活躍していたが、1996年にホームヘルパーに転身し、介護の仕事を始める。1999年に介護業界大手の株式会社ツクイに入社。東神奈川統括本部長、事業企画部長、有料老人ホーム推進本部長、西日本在宅介護推進本部長などを歴任し、2011年に取締役に就任。現在は同社のサービス付き高齢者向け住宅事業の責任者として活躍中。ご主人と二人暮らし。高校時代はバレー部に所属。沖田中学出身。

9月下旬、介護業界大手の株式会社ツクイが運営するサービス付き高齢者向け住宅『グレイプス フェリシティ戸塚』にお邪魔して、同社の取締役としてご活躍中の森野さんに同施設の案内をして頂くとともに、現在急速に進んでいる超高齢社会への備えや生き方についての考えをお聞かせ頂きました。

運命を変えた一枚のポスター

森野さんは全く違う業界から介護の世界に入られたと伺いました。その辺りの経緯を教えて頂けますか?

高校時代はバレー部に入っていましたが、同時に美術部にも所属していました。当時はとにかくデザインの仕事をしてみたいと思っていて、高校を卒業すると、十分な準備をすることもなくすぐに上京して、デザインの専門学校に入ったんです。すぐにそんなに甘い世界ではないと知り、わずか3日くらいで後悔しましたけど・・・(笑)。でも好きな世界ですから頑張って勉強してデザイン事務所に入りました。そこで10年くらいやってから独立して、引き続きグラフィックデザインの仕事をしていました。もちろん当時は介護の仕事をすることなどまったく想像すらしていませんでした。ところがある日、街角に貼られていた一枚のポスターに出会って人生ががらりと変わったんです。それは『契約ヘルパー募集』と書かれたなんの変哲もないポスターなんですが、見た瞬間に心奪われたというか、引き込まれてしまったというか・・・うまく言い表すことができませんが、ポスターの前にずっと立ち止まってしまい、その場を離れられなくなってしまうほどでした。そして突然この仕事をやってみたい!と心の底から思ったんです。今から考えても不思議でなりません。


*森野さんの運命を変えたポスター。今でも大切に保管されています


それは驚きですね!それからすぐに介護の世界に入られたのですか?

はい。でもその前に介護ヘルパーになるには「ホームヘルパー養成講習」の3級課程以上終了したものという条件がありましたので、まずは資格を取らねばなりませんでした。幸いにも無料で講習を受けられ、3級だけでなく2級の資格も取ることができました。それから契約ヘルパーとして東京世田谷区の高齢者や障がいをもたれた方への訪問介護・生活介助を始めたのです。やってみてすぐにこの仕事は自分に合っていると思いました。なんか直感ばかりですけど(笑)。デザインの仕事の合間にホームヘルパーをしていましたが、ちゃんとした組織の中で働いてみようという思いも強くなり、1999年に現在の会社に入社したんです。

1999年に入社されて、わずか12年で取締役に就任されたんですね。

会社の中で出世したいなどと思ったことは一度もありませんでしたが、とにかく今日までがむしゃらに働いてきました。株式会社ツクイは、もともとは土木建設の会社だったんです。それがあるとき会長のお母様が認知症になってしまい、介護で大変な苦労をされたそうです。そしてその経験から、本業の土木建設業の傍らで福祉事業部を立ち上げて、風呂桶とボイラーを積んだ特殊自動車で寝たきりの方の自宅を回るという入浴サービスを始め、その後本格的に介護事業へと転身したという社歴を持つ会社です。

私はそこで訪問介護からスタートしましたが、そのうちに地区の責任者に任命されたり、デイサービス事業の立ち上げや有料老人ホームの立ち上げなどの新規事業を任されたりするようになりました。家族を置いて3年ほど東北での単身赴任も経験しましたよ。もちろんボランティアではなく事業としてやっていますから、しっかりと収益をあげなくてはなりません。会社が成長する過程で大きな投資をする事業の責任者となった時には、本当に大丈夫だろうか、会社を潰すことにならないかと心配で夜も眠れないこともありました。また急成長の一方で、サービスの質が落ちたり場所によって質のバラツキがでたりしないように、巡回指導や立て直しなどに力を注いできました。こうして全力で仕事をしていくうちに、いつの間にか自分が役員の立場になっていました。でも、なによりも家族の協力がなくてはここまで仕事をすることはできませんでした。今でも食事や洗濯などの家事や、マンション住民の方々とのお付き合いなども夫がやってくれています。

サービス付き高齢者向け住宅という新しい介護のあり方

本日はツクイさんのサービス付きの高齢者向け住宅(グレイプス フェリシティ戸塚)にお邪魔していますが、いわゆる老人ホームとの違いはなんでしょうか?

高齢者の介護と言えばまず思い浮かぶのが病院、そして老人ホームでしょうか。老人ホームは、専門職員が介護しますからご家族も安心ですよね。でも安心を優先するあまりに、高齢者ご自身のプライバシーへの配慮は足りないように思います。個別の対応も十分とは言えず、決められた時間に全員揃って同じサービスを受ける様子も見受けられます。
年を重ねて心や身体の機能が徐々に弱くなったとしても『自分らしく生きる』ことは大事ですよね。必要な時に必要なサービスを自分で選択し、自分でできることは自分で行うということを支援する『自立支援』が、ツクイが目指すサービス付き高齢者向け住宅です。このホームでは、高齢者の方にできる限り普通の暮らしをして頂き、その上でご本人にもご家族にも安心できる環境をどう提供するかを考えて運営しています。

このフェリシティ戸塚では、共用廊下の両側に手摺があることと、各戸のドアが車いすの方でも開けやすい引き戸であること以外は、普通のマンションやホテルのような作りにしています。入居者に自由に使って頂けるよう共用の洗濯機や乾燥機もありますし、ゴミも可能な限りご自身で分別して出して頂くようになっています。もちろん高齢者向け住宅ですから、ゴミ収集所は各階にあり、ゴミを出すためにフロアを移動したり、外の収集所まで出たりしなくてもいいように工夫をしています。

お風呂も基本的には普通の作りになっており入居者が自由に入浴されていますが、なかには介護なしでは入浴できない方もいらっしゃいます。
その場合、あおむけに寝た状態での介護入浴には抵抗感を感じられる方も少なくありません。そこでこの施設では座った姿勢でお風呂に入って頂けるような最新の機械風呂を入れています。車椅子からスムーズに移ることができるんですよ。

居室の中も見せて頂けますか?

もちろんです。基本的な部屋をご案内しますね。一見するとまったく普通の部屋ですが、さまざまな工夫を凝らしています。まずは廊下の広さです。手摺がなくても左右の壁に手が届くことで安全に部屋への出入りができるように設計しています。そして足を踏み入れて頂くと分かりますが、床は柔らかい素材を採用しており、転倒による骨折などの事故が極力発生しないようにしています。ベッドは昇降機能付きで、介護保険でレンタルします。なかには二部屋をご夫婦で借りて、一室をリビング専用として使われている方もいらっしゃいますよ。でもこのホームの一番の特徴は、今紹介したような内装素材やデザインとは別の、見ただけではわからない独自の管理システムにあるんです。



この施設の各個室はあくまでも個人の住居ですから、入居者のご希望がなくスタッフが部屋に立ち入ることは一切いたしません。その一方で高齢の方が完全なプライバシー空間で一人きりで暮らすことには不安もあります。

そこで、ここではエネルギー監視システムを導入し、電気や水道の使用量をシステムで計測しています。
一定時間以上水や電気が使われていなければ「何か問題があるのではないか」と確認しますし、電気使用時間帯をみて昼夜逆転の生活リズムになっている方にもお声掛けをするようにしています。
その他にも、人感センサーが各戸に入っており、中から鍵をかけた状態で一定時間人の動きがなければスタッフに通報されますし、トイレなどにも緊急通報ボタンがあり、入居される高齢者、そしてご家族に安心して頂けるような工夫をしています。

想像していた以上で驚きました。他にはどのような工夫がなされていますか?

入居者の皆様に明るく快適に過ごして頂けるようさまざまなイベントも行っています。ここには食堂を兼ねたホールがありますので、そこを利用した体操教室やプロを招いての落語会、俳句の会など、さまざまな企画をしています。もちろん参加は個人の自由です。
また入居者が自由に植物を育てたり、そこでお茶を飲めたりするスペースなども確保しています。このようにできる限り自分のことは自分で行い、またイベントなども強制ではなく自由に選択するという環境を整えることで、高齢者が寝たきりになることを防止し、長く元気に暮らし続けることにつながっています。



大切なのは日々どのような人生を送っているか

日本はすでに超高齢社会に突入したと言われていますね。

介護の世界では2025年問題ということが話題となっています。これはいわゆる団塊の世代の方々が2025年には75歳以上になってくるということで、介護や福祉分野の需要はますます増え、医療費などの社会保障費が急激に膨張してくるという問題です。
今のままでは病院や介護施設は絶対的に不足してきます。国もさまざまな施策を考えていますが少子化とあいまって非常に難しい問題となっています。財政面を考えると、同じ要介護の方でも病院に入院するか、老人ホームに入所するか、ここのようなサービス付き高齢者向け住宅にご入居するかで医療や介護の保険の負担が大きく違ってきます。今私が取り組んでいることが将来はきっと今まで以上に役立つと信じています。

なるほど・・・介護のプロとして同窓生の皆様にこれから備えておくべきことなどアドバイスがあればお聞かせください。

同窓生の皆さんへのアドバイスは・・・そうですね。この仕事をしているとどうしても人の「老い」と「死」に自分が向き合わざるをえません。普通は意識の外に置きたくなりますよね。でも誰にでも必ず訪れる、避けては通れないことです。多くの人生の先輩方に教わったことですが、『生』の延長に『死』があるということを今は自然と受け止めています。もちろん亡くなるということはとても寂しいことではありますが・・・
うまく表現できませんが、『生き方』が大事だと思っています。
たくさんの幸せを与えてこられた方は、周囲からたくさんの幸せを受け取っていらっしゃることが多いです。たとえば重い認知症になられても、ご家族の深い愛情に包まれてお暮しの方は、やはりご家族との愛情こもったエピソードを伺うことが多いんです。
ご高齢になられても幸福な人生を送られているなぁと感じる方の特長とは、明るい方、感謝を忘れない方、やさしい方、前向きな方・・・月並みな表現ですが、自分は幸せだと思っている方ですね。
もうひとつ逆説的な話になりますが、これから医療がますます進歩して、簡単には死ねないとも言えます。元気な高齢者が増える一方で、介護を必要としながら長生きする方も増えていきます。糖尿病などの生活習慣病は健康寿命に影響するようですから、禁煙や肥満対策などが大事だと思いますよ。
関東誠鏡会の総会・懇親会にはいくつになってもお元気な大先輩が大勢参加されていますが、これからの時代、多少お身体が不自由になっても気兼ねなく参加できる工夫も必要になってくるかも知れませんね。

最後に、森野さんの趣味はなんでしょうか?

なんといっても美術館巡りです。デザインの仕事をやめてもう10年以上経ちましたが、やはり絵画鑑賞が何よりの楽しみです。素晴らしい絵画を観ると自分がその中に吸い込まれていくような感覚を憶えます。でもやはりこの仕事が大好きですし、ツクイという会社に対しての強い思いもありますから、仕事が趣味とも言えるかも知れませんね(笑)。

本日は大変お忙しい中、本当にありがとうございました!


【編集後記】

  • 本文にあるようにとにかくハードワークの森野さん。毎日5時15分に起床し健康維持のため3km歩くのを日課としており、出社後は本社と各施設を回る毎日を過ごされているようです。
  • 森野さんが役員を務める株式会社ツクイは、女性の役員が彼女を含め2名いらっしゃいます。管理職の女性比率が38.7%と上場企業の中でも極めて高く、経済産業省と東京証券取引所が共同で女性活躍推進に優れた企業を東証一部上場企業の中から選定する「なでしこ銘柄」に2013年度選ばれました。
  • 今回はインタビューだけでなく施設の案内もして頂き、スタッフの皆さんの他、入居されている多くの高齢者にもお会いできました。皆さんに明るく挨拶して頂いて、とてもさわやかな気持ちになった一日でした。
    同時に入居希望の見学に来られている方も多く、その人気ぶりを実感しました。




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