10月23日、国立能楽堂にて、重要無形文化財(能楽)総合指定保持者の高12期津村禮次郎さんの能『古稀に舞う-其の弐-』を鑑賞してきました。
広報インタビューアー高30期野下がレポートします。


10月23日、国立能楽堂にて、高12期津村禮次郎さんの能『古稀に舞う-其の弐-』を鑑賞してきました。

それまでは能には全く興味を持ったことがなかったのでが、能と現代舞踊がこんなにも違和感なく同じ舞台で演じられていたことに感動し、日本の伝統芸能としての能を、いつか見たいと思っていたところでした。


まず最初の演目は能「鷺」。シテ(主役)の鷺は、少年か還暦を過ぎた者だけが演ずることを許されるという特別な能です。
諸卿群臣を従えた帝が神泉苑に行幸あって夕涼みをしているところに、津村さん演じる鷺が登場します。
その能装束に私はミュージカル・ライオンキングを連想しましたが、もしかしたらヒントにされていたのかもしれません。
この鷺は何か神格的なものの化身というのではなく、純然たる鳥そのものです。

至純にして無心であることが望まれる舞を、古希を迎えられた津村さんが舞います。
初めて見るその舞に、私は「静」の美を感じました。ギリギリまで省略されたひとつの動きに、いくつもの内容が込められている能を、わたしは現代舞踊を楽しむ感覚で見入っていました。
表現の仕方は正反対に感じますが、鍛え上げた身体で表現する点は同じだと思いました。
バレエなどの激しい動きに反して、こちらは本当に小さな動きでいろんなことを表現するのです。

能と狂言がセットで演じられるというのも、この日に初めて知り、狂言「樋の酒」も鑑賞しました。
わかりきったストーリーなのに笑えてしまうのが不思議です。
この底抜けに明るい太郎冠者を、野村万作氏が演じておられ、「ネスカフェ違いのわかる男のCMの方だ」と俗っぽいことが頭によぎるほど、リラックスした雰囲気で楽しめました。
重要無形文化財保持者の方々を一度に何人も拝めるという贅沢を味わい、最後の演目は能「砧」。
津村さんは前半は妻、後半は妻の霊の役を面をつけて演じます。
面というのも不思議なもので、角度や光の当たり具合で、動かない面の表情が変わるのです。
「砧」は、座席のディスプレイで字幕を見ることが出来ました。不勉強な私はこの字幕を現代語訳にして欲しいなと思ったのですが、細かいことはわからないながらも、無駄なものを削ぎ落とした静なる美を堪能しました。

終演の仕方にも驚いたものです。出演者が一人ずつ一定の間隔をあけて、足の大きさの歩幅でゆっくりと去っていく間、し~んとしています。
「ブラボー」と感動を表に出すことは許されていないような独特の雰囲気の中、静かな拍手で幕を閉じるのです。

イギリスの作曲家ブリテンが書いたオペラに「カーリュー・リバー」という作品があります。
ブリテンが能「隅田川」を見て感銘を受け作曲したエピソードを思い出しました。
日本人でありながら、日本の伝統芸能には殆ど触れることなく、西洋文化にどっぷり浸って過ごしている私は、ブリテンと同じような感覚で鑑賞していたように思います。

高30期 野下美恵子

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◆広報より◆
津村禮次郎さんより、メルマガのお礼と共に鑑賞のご招待をいただきました。
ありがとうございます。
いつも「同窓生この人」などのインタビューを担当している高30期野下と山本の二人で鑑賞させていただきました。

津村禮次郎さんは、10月31日には八幡高校主催・高校生のための能楽教室を開催し、福岡在住の能楽師の方々と出演されました。開催内容はレクチャー、映像鑑賞、実演 能「敦盛」(後半)でした。
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