おい、八高の職業セミナーの講師を探しとるんやけど、良かったら名刺くれんね?
ん? いいけど、職業セミナーっち何ね?

同窓会で友人と交わした、この何気ない会話が、ことの始まりだった。
話を聞いてみると、誠鏡会本部と八高の協賛による進路指導教育で、現役社会人の卒業生が先輩として自分の職業に関する講義を行い、生徒たちに将来を考えさせる企画とのこと。将来の具体的なイメージを提示して勉学への意欲を高めると共に、うかうかしてフリーターやニートになることを防ぎたいのだそうだ。
これは良い企画だ。

しばらくして、進路主幹の浦野先生と誠鏡会の吉原理事より、実施要領の連絡をいただいた。職業セミナーでは、職業分野別に19の分科会を2回ずつ開催し、640人の1,2年生全員が、この中から興味を持っている分野2つを選んで聴講するとのこと。
私は、NECの中央研究所に勤める研究者で、今回は、機械・電気・電子の分科会にて、仕事の魅力をアピールすることになった。会社の仕事でも、求人のために大学を訪問して学生を勧誘した経験はある。高校生が相手だが、まあ似たようなものだろう。

しかし、実際に講演内容を練り始めると、途中で悩み込んでしまった。
理系の人間にとって、機械・電気・電子という「モノ作り」の仕事は確かに楽しく、中でも研究職は創造的な職種なので、仕事内容をアピールすることは簡単だ。しかし、世界の中で技術者の人口が少なく、良いものを作れば高値で売れていた20世紀とは異なり、21世紀の今は新興国からも優秀な技術者が大量に参入し、良いものが驚くほど安価で市場に溢れている。モノ作りが楽しい仕事だとは言え、世界の大量の技術者たちとの競争に勝たなければ、日本での暮らしは安泰ではない。それなのに、無垢な高校生たちを、気安くこの道に誘って良いのだろうか。

八高の同級生たちが集うインターネットの掲示板に、この悩みを書き込んだら、すぐに友人たちからアドバイスが返ってきた。

無限の可能性を持っている子供たちに、目標を見せてあげて!
「俺の生き様はこうだった、後はお前らが考えろ」で、いいんじゃないか?

そうだ、私が間違っていた。競争が厳しいからと言って、挑む前から逃げていては、伸びる才能も伸びるはずがない。弱気になって守ろうとするなんて、危うく焼きが回るところだった。あぶない、あぶない。


作戦は決まった。
機械・電気・電子の分科会に、興味を持って聞きにくる奴らなんだから、体の中に「モノ作り」のDNAが眠っているはずだ。奴らには、この仕事が、自分が子供の頃から大好きだったモノ作りの仕事であることを、ガツンと言い聞かせて、眠っているDNAを叩き起こしてやる。次に、私が歩んできた人生と、成し遂げてきた研究成果を見せつけて、この仕事に思いっきり魅了してやる。ただ、それだけでは終わらせない。今は世界との競争が厳しいことも、私が競争に敗れて悔しい思いをした経験もちゃんと伝え、それでもこの道を選ぶかは、自分の頭で考えさせる。その上で最後に、この道を志す後輩に向けて、勝つための秘訣を授けよう。

11月12日(土)、当日の朝が来た。清田の丘の周囲は、すっかり道が変わっており、登校中の高校生の後をついて行って、ようやく八高に辿り着くことができた。校舎は昔のままで、教室の扉や廊下の窓に、懐かしさが込み上げてくる。あのフーコーの振り子も、鉄線が錆びて床に置かれてはいたが、まだそこに在った。廊下で高校生たちとすれ違う度に、「こんにちは」と明朗に挨拶してくれる。都会の街で見かける高校生たちよりも遥かに礼儀正しく、真面目で純心であるようだ。こりゃあ、責任重大だな。

教室には、高校生たちが静かに待っていた。
やや幼く、飾りっ気もない風体の子が多く、やはり例のDNAを持った子供たちであるようだ。最初に「モノを作るのは楽しい!」という話から入って具体例を提示すると、目をキラキラとさせて食いついてきた。掴みはOK。続いて作戦通りに話を進め、私がやってきた研究を次々と紹介して、この仕事の魅力を存分に訴求。一呼吸を置いて、厳しい現状を伝えた上で、以下のメッセージと共に、日本のモノ作りが世界で勝つための3つの秘訣と、若者が身に付けるべき5つの力を示して、講演を締めくくった。


モノを作って楽しく生きるには、自己満足に終わるな!
多くの人に心から喜んでもらえるモノを作れ!

講演を終えて10日後、井星校長先生からのお礼状と共に、生徒感想文の抜粋を郵送でいただいた。そこには、私が送ったメッセージが生徒たちの心を動かした様と、謝辞が綴られていた。ホッとした。でも、謝辞なんてとんでもない。今回の講演で、自分の半生を振り返り、純粋な初心と諦めずに努力することの大切さを思い出すと共に、弱気になりかけていた心に再び闘志を燃やすことができた。
むしろ、お礼を言うべきは、私の方だ。

みんな、ありがとう!

高32梶木

以下は受講生徒感想文の抜粋です

『今日は、お忙しい中、お仕事の合間をぬって講義に来てくださり、本当にありがとうございました。先生方の講義はとてもおもしろく、梶木先生の講義では、人間の原点である「ものづくり」をする職業の楽しいことを知ることが出来ました。僕は、工学系の大学に進学したいと思っていたので、今日の講義によってより意識が強くなったと思います。また、柳原先生の講義も大変おもしろく、今まで視野に入ってなかった「建設業」というものに興味がもてました。』

『私は将来について何も決まっておらず機械や電気に興味があるというだけでこの分科会に参加していました。しかし、先生方の話しを聞いているうちに将来は工学部に進み、機械をいじったり、自分で何かを研究したいと思うようになりました。』