イラスト=つかる(高36期)

皆さん、こんにちは。
早いもので関東も梅雨入り、蒸し暑くて体調を崩しやすい季節となってきましたが、みなさんお元気でしょうか?

さて筆者は5月に1週間ほど北九州に帰省し、久しぶりに中央町にも行ってきました。
今回はその話です。
中央町・・・私が幼い頃は祖母などは中央区と呼んでいました。改めて調べてみると実際に戦前から戦後しばらくは中央区が正式な名称だったようです。
八高生になって黒崎や魚町に出向くまでは、子供だけで行くことができる街、それが中央町でした。

中央町の記憶といえば何といっても起業祭。この日は学校が休みになってみんなで中央町・・・大谷体育館や商店街に出向きました。今から思えば一民間企業の創業記念日に公立学校が休みになるというのも凄いと思いますが、とにかく大変な人出でしたね。

久しぶりに行ってみたら、その中央町もかなり変わってしまってました。
大谷体育館はまだ日本製鉄の所有だそうですが、大谷球場は北九市営球場になっていました。大谷会館も数年前になくなっています。商店街に入ってみても、ユニードのあった場所も更地になっていましたし、その他の店もほとんど変わってしまっていました。

中学生の頃、ビートルズにハマって毎月通っていたレコード店もなくなっていました。ただ、自分が子供の頃からあった文具店はまだ営業していました。店主に伺ったところ、この店が商店街でもっとも古いとのことです。
その他、エスニック料理や鉄鍋餃子など新しいお店もできており、当時とは違うけどまだまだ頑張っている・・・そんな気がして嬉しかったです。
そして復活した八幡饅頭の鶴屋さん(鶴屋珈琲)。
八幡を離れて40年以上経ちますが、まだまだ自分も頑張っていかなきゃと思った次第。

ところで商店街の向かいのレインボープラザの階段下に八幡市歌の碑がありました。
『焔炎々 波濤を焦がし 
 煙濛々 天に漲る 
 天下の壮観 我が製鐵所』
まだまだ公害問題など発生していなかったころに作られたのでしょうが、すごい歌詞ですね!
そんなこんなで日本で最も古い企業城下町を楽しんできた次第です。
ではまた!

関東誠鏡会 副会長 三橋正司