関東誠鏡会総会の「角打ちコーナー」に、毎年必ず持ち込まれる日本酒があります。
参加者に「美味し~!」と人気の『天心』です。
天心は、八高と同じ、北九州市八幡東区の地酒です。

でも、「総会で初めて知った」という人が少なくありません。恥ずかしながら私も、そして、広報委員会のメンバーの多くも。関東在住の同窓生は、お酒を飲み始める前に地元を離れた人が多いからでしょう。

そこで、天心の蔵元の『溝上酒造』さん(八幡東区景勝町)と『角打Bar陣や』さん(八幡西区黒崎)にご協力いただき、地元が誇る天心について紐解いてみることにしました。

お酒って、背景やエピソードを知ると、より楽しめる気がします。

『天心』にまつわる、いろいろエピソード。

エピソード1: 溝上酒造さんと八高は「超ご近所」だった。

八高は、昭和46年に大蔵から清田に移転しましたが、大蔵当時の八高と溝上酒造さんとは、大蔵川(板櫃川)を挟んでの 「お向かいさん」でした。大蔵校舎に通っていた高25期(昭和47年卒)以前の方はご存知かと思います。


高17期(昭和40年卒)の室井和也さんは「昼休みは、同級生たちと大蔵川の土手を降り、向かいの溝上酒造の看板を眺めながらよく喋っていた」のだそうです。また、溝上酒造の前社長、高5期(昭和28年卒)の溝上米吉さんは「通学の時は橋を渡ってすぐの八高の塀を乗り越えていた。先生が職員室から教室に行くより、うちから教室の方が近かった」とのこと。天心の蔵元と八高がそんなにもご近所だったとは。


エピソード2: 天心は「中津の地酒」だった。

天心は「八幡が発祥」のようなイメージがありますが、溝上酒造さんの創業は1844年の大分県中津市(当時、豊前国中津藩)です。1844年といえば、江戸時代後期で、ペリーの黒船来航(1853年)の9年前。幕末の大河ドラマが頭をよぎります。すごく老舗・・・。

そして明治時代。八幡では官営八幡製鐵所が操業し、全国から集まった労働者で賑わっていました。そこで、溝上酒造さんは製鐵所の西門近くに「酒屋」を出したそうです。「すると、すごく売れたんです。でも、車がない時代だったので、商品を運ぶのは馬車。中津から八幡まで頻繁に運ぶのが大変で、もう、蔵ごと八幡に移ろうとなったんです。」

そして、日本酒造りに重要な「清らかな水」を求めて移転先を探し、皿倉山の麓の湧き水に出会い、1931年(昭和6年)に現在の地に移られました。

中津の地酒だった天心は、かくして「八幡の地酒」となりました。


エピソード3: 天心のラベルは、あの有名書道家によるものだった。

天心のラベルです。2枚めは「心」付近を拡大したもの。「心」の下に「莫」の落款が・・・。

天心のラベルは、書道家、榊莫山(さかきばくざん)氏によるものです。莫山氏といえば、1990年代に「莫山先生の莫山発言」のCMが流行りましたよね。でも、このラベルを作ったのはそれより前で、莫山氏が広くは知られていない1970年代。「印刷会社にデザインも含めて発注したら、この案があがってきただけ」だそうです。


エピソード4: 杜氏の溝上智彦さんは「大逆転」の人だった。

この度の取材でお世話になった、溝上酒造の八代目社長、そして杜氏でもある溝上智彦さんです。


智彦さんが造る日本酒は、全国新酒鑑評会、福岡県新酒鑑評会、福岡県酒類鑑評会、福岡国税局酒類鑑評会など、権威ある鑑評会で数々の受賞歴があります。加えて、大学の研究室、百貨店、地域活性プロジェクトなどとのコラボも行い、新たな挑戦も行っています。周囲の評判どおり、「常に向上心を持った、研究熱心な方」のようです。

でも、杜氏を始めた頃のエピソードは耳を疑うものでした。元々いらっしゃった杜氏の方が突然の引退。取引先との関係などから「今年は日本酒造りを休む」というわけにもいかず、少し前まで酒類とは関係ない販売業の仕事をしていた智彦さんが「仕方なく、杜氏を引き継いだ」そうです。酒造りの経験は皆無、習ったこともない。最初は「本とか、前の杜氏が残した記録を見ながら造った」と・・・。

「怖くなかったですか?」とお尋ねすると、「怖いというより、これで本当に酒ができるのか?って感じですよ。」「じゃあ、最初は少量で、とかですか?」「最初から商品化する量ですね。日本酒は、麹菌や酵母を働かせて造る発酵食品なので、少量と大量とでは温度管理や発酵状態がまったく違うんです。少量を造って実験しても何の参考にもなりません。」

こうして始まった智彦さんの酒造りでしたが、3年後に転機が訪れます。「杜氏が集まる会があって、各々が造った新酒を持ち寄って互いに飲み合うのですが、そこで、かなりのショックを受けました。同じ米で造ったのに他の杜氏が造るとこんなにうまい。なのに僕のは・・・と。それでスイッチが入りましたねぇ。」

それから3年、つまり杜氏になって6年の2002年、智彦さんの日本酒が「福岡国税局酒類鑑評会」で初めての受賞。以降は群を抜く快進撃。かつての「他の杜氏が造るとこんなにうまい」から大逆転です。

智彦さんがお薦めする天心。


溝上酒造さんが手がけている日本酒は20種類以上のバリエーションがあります。そこで、智彦さんお薦めの「こんな人にはこの天心」をお尋ねしてみました。「好みは人によって違うので一概には言えないけど」という前提で、お薦めいただいたのは・・・

お薦めその1: 日本酒をよく飲む人には「オール八幡」の天心。

次の3本は、八幡西区楠橋の農家さんのお米と皿倉山の伏流水を原料に全て手作業で仕込んだ「オール八幡」の天心です。智彦さんと農家さんが直接やりとりしながら造った、お二方の熱意の合作です。


「よく飲む人は、いろいろな日本酒を堪能されていると思いますが、これらの天心も是非飲んでみていただきたい」とのことです。


お薦めその2:日本酒をあまり飲んでこなかった人には「大吟醸」。

「これまであまり飲んだことがない人は、フルーティーな香りが立って分かりやすい、大吟醸が良いように思います」ということで、次の3本です。原料のお米は福岡県内のものを使用しています。そして、右の2本の「特別限定」は「雫取り」という方法で造られています。


雫取りとは、発酵を終えたモロミを搾って「お酒」と「酒粕」に分ける時、普通は「圧搾機(下写真・1枚め)で圧力をかけて搾る」そうですが、雫取りの場合は「モロミを袋に小分けしてタンク内に吊るし(下写真・2枚め)、お酒がポタポタと落ちるのを待つ」のだそうです。手間も時間もかかる代わりに、雑味の少ない、とても綺麗な味わいになるそうです。

今回お薦めいただいた天心はいずれも「限定流通商品」で、溝上酒造さんと直接取引をしている酒販店だけで販売されています。イオンなどの量販店や空港や駅では扱っていませんが、直接取引の酒販店は北九州市内だけでも40店弱あり、またオンラインショップもあるので、地元でも関東でも入手は困難ではありません。(詳しくは末尾の「関連リンク」をご覧ください。)

『天心』を楽しもう!


最後に、「帰省時に天心を楽しむ方法」の一例をご紹介します。

楽しみ方1: 溝上酒造さんの日本酒にこだわったお店で飲み比べ。

『角打Bar 陣や』さんは、溝上酒造さんの日本酒にこだわった、黒崎駅から徒歩4分のお店です。
経営者は、『陣山タクシー』(八幡西区陣山)の社長でもある高33期の木原隆夫さん。

溝上酒造さんからの直接仕入れで、先述の「限定流通商品」はもちろん、量販店などで販売している「一般流通商品」も揃っているので、ひととおりの天心を飲み比べることができます。

純米、醸造、大吟醸、吟醸、生酒、火入れ、雫取り、にごり、しぼりたて、ひやおろし。

日本酒は、「原料」「精米率」「火入れの有無」「搾るタイミング」「搾り方」「熟成期間」などの掛けあわせで多くのバリエーションが展開されますが、それらを一人の杜氏(智彦さん)が造ったお酒で飲み比べ、それぞれの個性の違いをじっくり味わうのも楽しみ方のひとつでしょう。

この取材で伺った3月中旬は、通常のバリエーションに加え、「新酒ができた、この時期だけ」の特別限定の天心もありました。その掛けあわせは、下の1枚めの写真手前から、赤「純米×吟醸×生酒×雫取り」、白「純米×生酒×雫取り」、黒「醸造×大吟醸×生酒」、花柄「純米×生酒×にごり」です。

このうち、これまで飲んだことのない「雫取り」を試すべく、白「純米×生酒×雫取り」をお願いしたところ、スタッフの方が「飲み比べに」と「純米×生酒」を試飲させてくれました(写真2枚め)。2つの違いは搾り方。わわっ、全然違う!それぞれの美味しさがありますが、「雫取りは綺麗な味わい」というのがよく分かりました。

少し話がそれますが、陣やさんでは、天心に加え、北九州ならではの食も楽しめます。若松トマト、『雪文アイスクリーム』(八幡東区)、じんだ煮、『キッチン禄屋』(戸畑区)のカレーなど。一箇所でいろいろ味わえるので、帰省時に重宝します。(他のメニューもいろいろありますよ。)


楽しみ方2: 溝上酒造さんの「蔵開き」イベントで新酒を堪能。

蔵開きは、蔵元が新酒のお披露目を行うイベントです。
溝上酒造さんでは、今年は3月12日(土)と13日(日)に開催され、およそ6000人の日本酒ファンで賑わいました。

無料で振る舞われる二種類の新酒(しぼりたて、にごり)のフレッシュな味わいと、甘酒や粕汁を楽しみ、

その後は新酒を購入し、お酒のあても購入して、

敷地内の広場で、新酒宴会! 既に盛り上がっていた地元の高33期にも遭遇しました。

蔵開きは「格別な楽しみ方」でした。また行きたい!
来年の蔵開きの日程は、年明け以降、溝上酒造さんのホームページとFacebookで告知されると思います。また、ホームページから『天心友の会』に登録しておくと、メールでのお知らせもいただけますよ。


さて、今年の関東誠鏡会総会は8月27日(『ロイヤルパークホテル』日本橋)ですね。今年もきっと八幡の地酒、天心が持ち込まれることでしょう。手にする時、今回伺ったエピソードで周囲との会話もはずみ、より楽しく飲めそうです。



【取材後記】
  • 2月のメールマガジン『関八ニュース』で今回の記事の予告をしたところ、溝上智彦さんと幼なじみの高34期 國保祐子さんから「幼い頃は、可愛らしい、とてもおとなしい子でしたよ」というエピソードが届きました。どんな取材になるかな?と思っていましたが、智彦さんは、ここでは紹介しきれなかった多くのことを含め、日本酒の作り方や市場のことなど、次々と話してくださいました。
  • 経営者 兼 杜氏として、今、最もこだわっているのは「若い人に飲んでもらえる酒造り」。初めて飲んだ時に「まずい」と思われると、その先はずっと飲んでもらえない可能性がある。日本の食文化である日本酒を継承するためにも、溝上酒造さんの日本酒は、全て、日本酒好きにも若い人にも通じる「飲みやすく、うまい酒」を念頭に造っているそうです。
  • 最後にみなさんに是非お伝えしたいことがあります。日本酒は冷蔵庫で保存しましょう!
    生酒は必ず、火入れ(加熱処理)した日本酒もなるべく。日本酒はとても繊細で、瓶の中で毎日刻々と変化しているそうです。造り手がこだわったお酒も室温で置いていたら徐々に台無しに。「凍らせてはいけないが、なるべく低温で、0度に近ければ近いほどいい」のだそうです。

【関連リンク】

■溝上酒造株式会社
  ・ホームページ
   http://www.sake-tenshin.co.jp/
  ・Facebook
   https://www.facebook.com/天心の溝上酒造株式会社-160186277432179/
  ・限定流通商品
   http://www.sake-tenshin.co.jp/item/index.cgi?ctgA=2

■溝上酒造 限定流通商品・購入可能ショップ
  ・溝上酒造販売店一覧
   http://www.sake-tenshin.co.jp/shop/index.html
  ・溝上酒造オンラインショップ
   http://www.sake-tenshin.co.jp/item/index.html
  ・Amazon(榮屋)
   https://goo.gl/CV7Dmy (「溝上酒造」で検索してください)
  ・楽天(榮屋)
   http://item.rakuten.co.jp/osake-utuwa/c/0000000123/

■角打Bar 陣や
  https://www.facebook.com/角打Bar-陣や-1415544722043657/
■雪文アイスクリーム
  http://yukimon.co.jp/
■キッチン禄屋
  http://www.roku-ya.jp/





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