【取材協力】
 北九州市 総務企画局 政策部 世界遺産登録推進室
 北九州市 総務企画局 シティプロモーション首都圏本部
【写真提供】
 北九州市 総務企画局 政策部 世界遺産登録推進室
 新日鐵住金株式会社八幡製鐵所
 木戸宏一郎(高37期)
【取材・文】
 宮崎理恵(高33期)

5月4日、ゴールデンウィーク真っ只中の夜。
八幡製鐵所関連施設を含む「明治日本の産業革命遺産が世界遺産へ!」のニュースが舞い込んだ。
TwitterやFacebookに北九州在住者や出身者の「やったあ!」という喜びの投稿が飛び交う。

しかし、そんな反応ばかりでもなかった。
「非公開の八幡製鐵所の施設は世界遺産になったら公開されるの?」「世界遺産の目的は『保護』のはずだけど、稼働中の八幡製鐵所の事業の妨げにならないの?」「知らない施設ばかりで東田第一高炉が入ってないね。」などの疑問を散見したり、耳にしたり。地元ではこれらへの回答が報道されているかもしれないが、首都圏では八幡製鐵所関連施設や北九州市についての詳細な報道を目にしない。
また、「明治日本の産業革命遺産」の資産群は、岩手から鹿児島の広域に分散する8県11市の施設で構成されている。これら施設で「シリアル・ノミネーション※による世界遺産登録」を目指したということだが、同じシリアル・ノミネーションの「富岡製糸場と絹産業遺産群」の場合はすべて群馬県内の施設。また、「富士山」の25に及ぶ資産群も隣り合う山梨県と静岡県に限られている。
こんなに広域だと、八幡製鐵所関連施設を全国メディアが大々的に取り上げ、北九州市に観光客が押し寄せる光景を想像しがたい。北九州市は「世界遺産登録」という大きなチャンスをどう活かそうとしているのだろう?

これらの疑問について、電話インタビューを試みた。
インタビューに答えてくださった世界遺産登録推進室の井上室長は、一同窓会のブログの取材にご協力いただける理由について、「八幡高校の同窓会から取材依頼と聞いて、即、対応させていただくと決めましたよ。というのは、『地元ではこんなことをやっている』というのを関東の皆さんにもぜひ知っていただきたかったので」と語られた。
今回の記事をより多くの同窓生が読んでくれることを期待しつつ、インタビューはスタートした。

  

※シリアル・ノミネーション
文化、歴史的背景、自然環境などが共通する複数の物件を全体で顕著な普遍的価値を有するものとして世界遺産に一括推薦すること。


【お答えいただいた方】
北九州市 総務企画局 政策部
世界遺産登録推進室
井上保之 室長






なぜ、広域な資産構成になったのか。

今回の構成資産は「8県11市」と多くの自治体が関わっていますが、きっかけは何だったのでしょうか?

大きなきっかけは「九州地方知事会」という、九州と山口の県知事で構成する会です。この会で平成18年に「九州・山口には日本の近代化を牽引した産業資産がたくさんあるので、それを保存・活用していこう」となりました。
また、ちょうどその頃に文化庁が「世界遺産暫定リスト※」に追加記載する候補を初めて地方公共団体から公募することになりました。そこで我々は「九州・山口の近代化産業遺産群※※」を提案しました。当時、その提案を行ったのは、福岡・佐賀・長崎・熊本・鹿児島・山口の6県8市でした。

  

※世界遺産暫定リスト
正式名称「世界遺産暫定一覧表」。世界遺産は毎年7月ごろに開かれるユネスコの世界遺産委員会で登録される。その前段階として各国は登録を目指す遺産を暫定リストに載せる必要がある。

※※九州・山口の近代化産業遺産群
「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の当時の名称


それが、なぜ岩手や静岡も含む広範囲な構成になったのでしょうか。

今回のシリアル・ノミネーションは「幕末から明治にかけて急速に発展した日本の近代化産業」がテーマですが、シリアル・ノミネーションというのは、ただ関連資産を束ねるだけでなく、しっかりとした「ストーリー」が必要なわけです。
そこで、日本の近代化に大きく貢献した「『石炭』『製鉄・鉄鋼』『造船』の発展の歩み」というストーリーを表す構成資産群について、途中、何度も見直しを行いました。「こことここがつながって、次にこっちに移って発展して・・・」というような検証作業です。この作業は国内外の専門家の方々のアドバイスを受けながら行いました。
その過程で、「製鉄業発展のストーリーを表す上で、近代製鉄発祥の地の釜石を外すわけにはいかない。外すとストーリーが完成しない」とか、「韮山反射炉は近代産業を目指す過程の証拠なので、構成資産に入れるべきだ」などの議論があり、九州・山口からは離れますが、釜石や静岡で保存されていた資産も加えることになりました。逆に当初入っていた資産で外されたものもありました。

北九州市はこの機会をどう活かすのか。

8県11市にしたことで世界遺産登録の確率が高まったのですね。
  一方、広域な資産群となったことで、北九州市は埋もれる可能性もあるように思うのですが。

確かに、世界遺産に登録されたら、先日の登録勧告の時のように、軍艦島(長崎市・端島炭坑)や萩市などに大勢の方々が訪れるでしょうね。ただ、世界遺産に登録されるメリットは一般的に大きく三つあると思っています。

一つは「世界的な知名度の向上」です。
登録されたら国内や海外の多くのメディアが取り上げてくれますし、(世界遺産の)専門雑誌やウェブサイトもたくさんあるので、それらに「八幡」「北九州」「中間」が載って、国内外に向けてかなりのシティプロモーション効果があると思っています。

二つめは「市民に明るいニュースが届けられること」です。
「シビック・プライド」という言葉がありますが、「自分たちの街に世界遺産がある」と愛着や誇りを持てたり、自慢に思えたり、「自分たちの街に宝物ができた!」と思っていただけることです。

三つめは、やはり「観光促進・賑わいの創出」ですね。
世界遺産というブランドを活用する「観光促進・賑わい創出」の効果はとても大きいと思います。そのため、北九州もさまざまな周知活動を行っています。

しかし、他とは異なる事情があります。
どの資産も八幡製鐵所の構内にあり、また日本で初めてのケースですが「稼働中の施設」も含まれているのですべて非公開です。一般の人は資産を見れないし、近づくこともできない。さらに製鐵所の敷地が大きいので、周囲から遠巻きに見ることもできません。そのために地元でも「いったいどれが世界遺産候補なんだ?」となかなか理解が進みませんでした。たとえば、一般の方々に、僕たちが「旧本事務所」の写真が載ったポスターをお見せすると、一般の方は実物を見たことがないので、煉瓦色の建物を見て「世界遺産候補は門司港レトロの税関」と勘違いされることもありました。


■北九州市内の構成資産

では、観光促進や賑わい創出はどのようにされるのですか?

やはり「実物を見れないのを何とかする」のは課題でした。
そこで、「せめて外観だけでも見ていただけるようにできないか?」と製鐵所の方々と協議を重ね、土地の一部を借り受けて、一般の方が敷地内に入っていける通路を作らせてもらいました。この通路ができたことで「旧本事務所」については建物まで80mの距離に近づいて外観を眺められるようになりました(旧本事務所眺望スペース)。
製鐵所の敷地内なので撮影はできませんが、4月17日にオープンして1ヶ月間に3000人以上が来場されています。
もちろん、これだけでは、「来訪者に十分に満足いただけている」とか「賑わいを創出できている」とは言えないことを承知しています。それで、今もなお、製鐵所の方々と「一般の方に満足のいく形で見ていただくには、どんな方法があるか」と協議や調整を重ねています。製鐵所は、一般の方が出入りする前提で作られている施設ではないので、安全面や機密保持などの多くの課題があります。製鐵所には製鐵所の事情がありますし、可能性はゼロではないですが、いろいろと難しいものがあります。


見学できる「東田第一高炉」が構成資産に入らなかったのはなぜでしょうか?

世界遺産の条件のひとつに真実性、つまり「本物であること」というのがあるのですが、高炉というのは10年位経つと改修が必要で、現在モニュメントとして保存している東田第一高炉は十代目の高炉なんです。その十代目が使われていた時期は昭和37年から47年で、今回の「幕末から明治にかけて」のものではありません。例えて言うなら歌舞伎役者のようなもので、名前は引き継がれて同じでも、中身はまったく変わっている「今の人」なんです。
ただ、「官営八幡製鐵所」と切っても切れない関係の施設ですし、関連施設として観光コースに組み込んだり、PRもしています。ちなみに、実際に稼働していた高炉が一般開放されているのは北九州市だけだと思いますよ。


今は施設が見学できない状態のようですが、マスメディアや旅行代理店などへはどのように働きかけているのですか?

PR・広報については、色々なところで行なっています。昨年は、YouTube の PR 動画、市内を走る路線バスのラッピング、駅の横断幕など、さまざまな媒体で紹介しました。また、一昨年からは市民講座や出前講演を積極的に行っています。というのは、「産業遺産」はその建物が持つ歴史的背景や果たしてきた役割、そして技術などを十分理解していただくことで、より興味をもっていただけると考えるからです。 また、北九州市は「産業をテーマにした観光」の先進地だと思います。54もの事業所にご協力いただいている「工場見学」や人気の「工場夜景ツアー」があって、年間26万人以上の方にお越しいただいています。そこで、旅行代理店にはこれらのコースに「旧本事務所眺望スペース」を取り入れたツアーを提案しています。そして「世紀を跨いだ産業観光」を推進していこうと考えています。


日本で初めての方法で保全する八幡製鐵所。

ところで、正式に世界遺産に登録されたら、施設は保護のために「ネジ一本変えるのにも許可が必要」と聞きますが、そのことが稼働中施設の妨げにならないのでしょうか?

そういうイメージがあるかもしれませんね。その「ネジ一本、瓦一枚変えるのにも文化庁の許可がいる」というのは、実は日本の「重要文化財」を守る「文化財保護法」の話なんです。そして、これまで日本から世界文化遺産に登録された資産はすべて重要文化財に指定され、「日本の世界文化遺産は必ず文化財保護法で守る」ことになっていました。

しかし、八幡製鐵所の稼働中の施設では、毎日の生産活動を行う中で「ネジ1本」交換するのに、その都度文化庁に申請して許可がおりるのを待つわけにはいきません。そこで我々は「これまでと違う新しい枠組みができないか?」と国に働きかけ続けました。その結果、「重要文化財でなくてもその施設にあった法律で守れば世界遺産に推薦可能」という新しい枠組みが閣議決定されたのです。

八幡製鐵所の場合は「景観法」で守ることになり、「景観重要建造物」に指定しました。景観重要建造物の指定は国ではなく、市が行います。「外側は大幅な変更ができない」などの縛りはあるものの、文化財保護法ほど厳格なものではない上に「関係者が協議しながら守っていく」という、柔軟性のある仕組みもできました。これは、これまでの日本の世界文化遺産になかった、まったく新しい保全方法なんですよ。


世界遺産登録に向けて、足掛け6年の準備と推進。

日本の世界文化遺産のあり方に新たな道を切り拓いたのですね!そんな「世界遺産登録推進室」の具体的な業務を教えてください。

北九州市は平成22年に「世界遺産登録準備室」を作り、平成24年からは現在の「世界遺産登録推進室」に変わって足掛け6年取り組んできました。

世界遺産登録に向けて必要なのは、本物かどうかの「真実性の証明」、揃っているかの「完全性の証明」、他に例がないかなどの「比較調査結果」、「万全の保全措置」、そして「ユネスコに提出すべき推薦書と保存管理計画」などです。

初期の業務は資産の調査です。「本物かどうか」「他に例がないか」「当時の機能が完全に残っているか」などすべて調べます。また、所有者がいる施設では所有者の承諾をとり、地域に影響があればその調整。そして、文化財保護法以外のどういう法律で守っていくかの検討や国への働きかけ、それに基づく保全管理の計画などです。これらの作業を経て、道筋が見えたところで、推薦書原案を作成して平成25年に国に提出しました。

その後は、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」と「明治日本の産業革命遺産」とで、(日本がどちらをユネスコに推薦するかの)国内選抜があって、結果我々が選ばれました。その次は国に提出していた推薦書原案をユネスコに提出する正式版にもっていくためのブラッシュアップです。

ユネスコに推薦書を提出した後は、イコモスによって1年以上かけて行われる審査への対応で、調査員が現地に視察に来た時は数百問の想定質問を作り、何を聞かれても完璧に答えられるように準備しました。これらの活動が実り、先日の記載(登録)勧告に結びつき、現在に至ります。

世界遺産に登録されるかどうかは6月28日から開催される「世界遺産委員会」で決まりますが、今は眺望スペースに来られる方向けの周遊バスの運行や案内板の設置、マスコミや各方面からの問い合せ対応、そして講演会や説明会などを行いながら、同時に、登録された場合にスタートさせるPR、観光振興、保全などの企画や準備を進めています。


そのようなお忙しい中、関東誠鏡会のインタビューにお時間をいただいて本当にありがとうございます。
 最後に、八高同窓生へのメッセージをお願いします。

「世界遺産」というのはブランド力が凄いので、もし登録されたら、僕らがよく知らない国のウェブサイトにまで「YAWATA※」と掲載され、八幡製鐵所の歴史が知られることになると思います。これは「過去の八幡」だけでなく、「今の北九州」にも目を向けてもらえる可能性がある「またとない機会」だと思っています。
八幡高校の皆さんも現在色々な所で活動されていると思いますが、この機会に故郷の北九州に再度目を向けていただいて、環境産業や映画の街として頭角を現している「今の北九州」のことをぜひ知ってください。そして周りの方に広めていただいたり、アイディアや提案をくださったりして各地からパワーを送っていただければと思います。

   ※YAWATA 八幡製鐵所の英語表記はYAWATA WORKS

本日は大変ご多忙の中、約1時間におよぶインタビューにご協力いただき、本当にありがとうございました。



【取材後記】

  • お伺いした「(稼働中の施設も世界遺産に推薦できるよう)『これまでと違う新しい枠組みができないか?』と国に働きかけ続けた」話に感動を覚えた。当初は「八幡製鐵所は文化財保護法を適用できないから世界遺産にできない」と諦めかけたらしい。が、「やはり!」と行動を起こした。これにより、三つのメリットのうち、「世界的な知名度」と「シビック・プライド」は手に入れるだろうし、日本の世界文化遺産の新しい道まで切り拓いた。このことは、公害の街から立ち直り、今では海外のノーベル平和賞受賞者に「環境のことは北九州に聞け!」と言わしめる「北九州のネバリと革新性」に通じるものを感じる。
  • 北九州市には、世界遺産にまつわる「二つの高いハードル」が残されているように思えた。一つは「世界遺産になる予定の施設が、本来公開できない施設」であること。もう一つは「他に埋没するかもしれない、広域な資産群構成」。これら二つのハードルも「ネバリと革新性」で越え、三つめのメリットの「観光促進と賑わい」も手に入れて、このチャンスを最大化してほしい。
  • 私が再び北九州に目を向けたのは、2011年の総会当番期の時。総会の企画を立てるにあたり、「北九州の今」を調べたら、大層なことをたくさんやっていると知った。首都圏にはあまり届かない「北九州の今」のトピックを、願わくば今後も北九州市の力をお借りしながら、この「知っとぉ?故郷のこれ!」のブログでお伝えしていきたい。




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