島野晶子さん(高37期)
Profile島野晶子(しまのあきこ)さん
1985年 | 八幡高校卒業(高37期) | 1987年 | カリタス女子短期大学卒業 協和発酵工業株式会社入社 |
1990年 | 出産のため、同社を退社(結婚は1990年)。結婚後、神奈川(横浜)、兵庫(姫路)→埼玉(深谷)千葉(松戸)→埼玉(深谷)と移動 |
2009年 | 北本(埼玉)に居を構え、2011より北本市立学校図書館指導員として勤務 |
2015年 | 金継ぎを学び始める |
2017年 | 漆塗りを学び始める |
八高卒業後はカリタス女子短期大学に進学。卒業後、協和発酵工業株式会社に入社。1992年出産を機に同社を退社。以降ご主人の転勤で神奈川(横浜)、兵庫(姫路)、埼玉(深谷、北本)千葉(松戸)に移り住み、2009年に北本に居を構える。2015年より金継ぎ、2017年から漆塗りを習う。2024年からは研修生(生徒兼アシスタント)として、師匠の漆商品の製作のサポートをおこなっている。長崎市立西浦上中学校出身(八高には1年生の2学期に編入)
2024年9月某日、漆芸をはじめて8年(金継ぎ2年、漆6年目)、現在は研修生として師匠のアシスタントもこなし、趣味の域を超えつつある島野晶子さん(高37期)。漆芸に出会ったきっかけや漆・漆芸の魅力、さらにこれから漆芸をはじめたい人へのアドバイスを伺いました。
「漆器(しっき)」基礎知識① 漆器ってどんなもの?
※二番目のお嬢さんの結婚祝いに製作した島野さんの最新作
漆器とは、木や紙などに漆(うるし)を塗り重ねて作る工芸品のことを指します。漆はウルシノキから取れた樹液をろ過、精製したもので、強い接着力と抗菌性があります。ウルシノキは東アジアから東南アジアで自生・植栽し、漆芸(しつげい)※はアジア独特の工芸で、日本、中国、朝鮮、台湾、タイなどで作られ、それぞれの風土に適した技法が発達しました。日本では縄文時代から木や紙の食器のコーティング塗料や装身具の接着剤として使われてきました。装飾品や工芸品にも用いられ、漆器は西洋で「ジャパニング」の名で呼ばれるなど、日本の伝統的な工芸品として世界中から愛されています。ちなみに今ブームの金継ぎも伝統的な「本金継ぎ」は漆を使う漆芸です。
漆器には金や銀、貝などで装飾したものも多く、もしかしたら「特別なシーンで使う高級なもの」というイメージが強いかも知れません。また、「扱いが難しそう」と思っている方も多いようですが、基本的な特徴さえ掴めば、特別な手入れは不要です。滑りにくく、優しい口あたり、軽くて温かみのある手触りは、普段使いに向いています。おしゃれで食卓に彩りを与えることもできる点も魅力です。
※漆を使う工芸全般(漆器、金継ぎも含まれる)
島野さんと漆芸 漆芸の魅力について
※島野さんの作品の一部 左から時計回りに、スプーン、夫婦箸、湯飲み、コーヒーカップ、蕎麦猪口
島野さんと漆との関わり、漆芸をはじめたきっかけについて教えてください
昔から器を見たり集めたりするのは大好きでした。実家の両親とも器好きで、小さい頃は有田焼の陶芸祭りなど器のイベントにはよく出かけていましたし、母の手料理が有田焼や漆の食器で食卓に出されることもあり、「料理は器で完成する」という感覚は自然に身についていた気がします。とはいえ、大人になるまで自分で作るという発想はありませんでした。漆芸をはじめたのは娘が成人した頃に、両親から祖父の遺品の金継ぎ(伝統的な「本金継ぎ」は漆を使うため、漆芸の一種)をしてほしいと頼まれたことがきっかけです。祖父の遺品には漆器をはじめとした器がたくさんあり、その中に祖父が自分で金継ぎをしたものを見つけて関心を持っていましたから、習うことに迷いはありませんでした。自宅から通いやすい埼玉県内の金継ぎ教室を探し、しばらくは祖父から譲り受けた器を修復していましたが、2年ほどすると修復するものがなくなってしまって。どうしようかと思っていたちょうどその時、新しい漆教室が立ち上がることになり、金継ぎは一旦やめて漆教室に移り6年になります。
漆器にハマった理由、続けられる理由について教えてください
何よりも漆器の魅力に惹かれたのが一番ですね。見た目の美しさはもちろんですが、その感触が素晴らしい。温かみがあり、ぽってりと手に馴染む感じがなんとも言えず良いんです。口触りも優しくて箸やスプーンは一度使うと他は使えなくなります。天然素材で口に入れても安心なので、2歳の孫用にスプーンを作り、愛用してもらっています。また、最強の塗りものと呼ばれる漆は、酸やアルカリにも強く、どんな食材でも傷つかない強度があります。高い抗菌作用も漆ならではで、食べ終わって持ち帰ったお弁当箱が全く匂わない! 花も傷みにくいため花器にもよく使われています。経年変化も楽しみの一つ。時を経ると漆は色が明るくなり艶も増し、美しくなっていきます。古くなれば、研いで塗り直すことができ、何十年何百年と使うことも可能な、まさにSDGs時代にマッチした器でもあります。それから…。ああ、漆器の魅力を語りはじめると、止まりません。
習い事の魅力としては、やはり形に残るものを作っていることでしょうか。人にあげても喜ばれますし、実際に自分で使うことができるので愛着も沸きます。最低でも20工程以上(中には30工程のものも!)あるので、できあがるまでに時間はものすごーくかかります※が、その分作品ができあがった時の喜びはひとしおです。失敗した時は、研いで一つ前の工程に戻ることができるので初心者としてはありがたいのではないでしょうか。一方で、奥が深すぎて、やってもやっても「まだまだ先は長い」と感じることがしばしばあります。6年経っても、できあがった作品が思い通りにできたと思えたことは未だにありません。それでもまだ「その先」が見たいと思う。5年で、15作品ほどしかできていませんが、一つ完成すると次の作品意欲が湧いてしまうんです。一生その意欲が続けばいいなぁって思います。
※島野さんは最初の作品完成までに1年半かかったそう。
この先、漆とはどのように付き合っていきたいですか?目標は?
※お孫さんのお食い初めの時の手料理ショット。特別な日に限らず、島野家では日常的に漆器が並びます。
2024年から、研修生として師匠である菊池先生の作品や販売する商品作りのお手伝いもしながら、勉強させていただいています。先ほど、失敗すれば工程を戻ることができると話しましたが、商品の場合はダイレクトにコストに跳ね返ってくるわけで、失敗は許されない。楽しいばかりの「教室」との違いを実感しています。失敗することも少なくなく心が折れそうになることもありますが、一つひとつの工程への集中力が高まって、これまでより全体を俯瞰して見られるようになりました。研修では、道具や刷毛も自分で作ります。実際に作ってみるとそれぞれの機能や役割が深くわかってきて、改めて道具の大切さを感じています。研修で得るものが多すぎて、来年もまた研修生として修業させていただくことになりました。
作品作りについては、芸術的なものは考えていません。あくまでも生活に密着したものを作っていきたいと思っています。ただ、食器だけに限らず、菊池先生のように趣味の道具(アウトドア用品など)や花器、アクセサリーなどにも挑戦してみたいです。
漆器をあまり知らない人にも、「漆器は実用的な日用品で長く使っていくもの」ということを伝えていきたいです。また、国産漆の現状についても知ってもらいたいです。実は国産漆の自給率は3%程度でそれ以外の大半を中国に依存していて、国宝・重要文化財の維持・修復用に使う国産の天然漆が全く足りていないのだそうです。その状況を憂い、菊池先生は、国産漆の自給自足を目指し、茨城で漆の植林活動をなさっています。私も微力ながら、漆文化を未来に残すお手伝いができたらいいな、とも思っています。
最後に、島野さんが考える趣味を持ち続ける意義、これから趣味を見つけたい人へのアドバイスを。
私にとって趣味を持ち続けることは、人生を豊かにするために必要なことだと考えています。私自身は小さい頃からピアノを習っていて、結婚前までずっと弾き続けてきました。結婚後、住宅事情からピアノがバイオリンに変わったり、子育てで中断することはありましたが、続けてきたことで心だけでなく生活にも潤いを与えてくれたことは間違いありません。漆芸に関しては当初は老後の楽しみにする予定で、両親に自分達が元気なうちにはじめてほしいと急かされはじめたのですが、今では人生に欠かせないものとなりました。できる時に始めておいてよかったと思っています。
先輩方が読まれるかもしれないこの記事で、アドバイスなんておこがましいのですが、好きなことやりたいことができた時が、「タイミング」なのだと思います。「まだ早い」「もう遅い」なんて考えず、やりたいことを見つけたら、まずははじめることをおすすめします。
素敵なお話を本当にありがとうございました。
「漆器(しっき)」基礎知識② 漆器の製造過程
漆器の製造工程には、大きく分けて「素地」「塗り」「加飾」があります。「素地」とは器の形のもとになるもので、木製品と合成樹脂製品があります。木製品は6ヵ月~1年乾燥させた天然木を使います。お椀などの丸物は天然木をろくろで回しながら削って形を作り、箱やお盆などの角物は天然木や漆器用合板を裁断して削り組み立てて作ります。「塗り」の工程は下塗りと上塗りに分けられます。下塗りはまさに下地づくりで漆器の強度や品質を左右する過程で「塗り」「乾燥※」「研ぎ」の1セットを何度も繰り返し、上塗りまでに最低でも4、5セット、14工程ほど行います。上塗りは仕上げの塗りのことで、均一の厚さに仕上げる技術と共に、漆を乾燥(硬化)させる湿気と温度を一定に保つ環境(気温23~28℃、湿度60~70%)作りも重要です。加飾は上塗りまで行った漆器に装飾を施すことで、代表的なものとして蒔絵(まきえ)と沈金(ちんきん)があります。蒔絵は漆器に筆を使って漆で文様を書き、その上に金粉・銀粉などを蒔き付ける技法で、沈金は漆器を削ったところに金箔・銀箔、金粉・銀粉、顔料などを漆で接着させる技法です。この他にシルクスクリーン印刷を使った加飾もあります。なお、島野さんの教室で学んでいるのは「塗り」以降の工程です。
※上記の工程・材料は伝統的な手法です。最終仕上げが漆であれば、その他がウレタン塗装であっても「漆塗り」と表記しているものもあります。
【編集後記】
- 「料理は器で完成する」を実践。見た目も味もプロ並みです。夕食時の一コマ。著者も一度ご自宅でごちそうになりましたが、味、見た目ともに感動したことを覚えています。また呼んでね!
- ●100均の利休箸も漆使いで、見違える。味気なかった100均の利休箸(まん中が太くなった上下両方使える箸)を「摺り漆」(すりうるし:生漆を塗る・拭き取るを繰り返す技法)でアレンジしたもの。鉄板焼きなどで取り箸として使うためだそうです。オシャレ!
- 島野さんが長年続けているものもう一つ「水泳」。八高時代は水泳部で日焼けして真っ黒だったという島野さん。水泳も生涯の趣味の一つで、コロナ前まではマスターズ大会にも出場していました。
- 食べたいとき、飲みたいときが「タイミング」。食べたいとき、飲みたいときが「タイミング」。取材は銀座の某レストランでランチをしながら実施。堅苦しいルールはなしに、お昼からシャンパングラス片手に楽しく、お話を伺いました。
【関連リンク】
- 菊池麦彦HP(島野さんの師匠のページ)
https://mum-urushiproducts.com/ - mum Onlineshop(菊池氏の漆商品のオンラインショップ)
https://mumonline.theshop.jp/ - NPO法人壱木呂の会(日本産漆を支援する団体)
https://1kiro.jp/