―北町観音堂脇の庚申塔―

練馬区史跡と検索すると赤い印で地図が埋まるほど表示される。そのほとんどが石仏だ。散歩の度に目にする「庚申塔(こうしんとう)」や「馬頭観音(ばとうかんのん)」、まるでポ ケモン探しのように石仏を探しては写真を撮っている。
新型コロナウイルスの影響で住めば都の取材を控えることになり、広報委員の私が在住する土地の歴史と共に、住めば都「練馬」として紹介することにした。

【案内人】高26期 山本寿美子

練馬区に住んで約35年。畑が徐々に住宅地に開発されているが、まだ農家は健在で、キャベツ畑が広がり、夏はトウモロコシや枝豆が育ち、季節感が感じられるところが気に行って いる。野菜スタンドや農協に並んだ野菜は正真正銘の”朝採れ野菜”で、みずみずしく美味しいので練馬に見えたら、是非覗いてみてください。

練馬と言えば大根!「練月山 愛染院(れんげつさん あいせんいん)」


―愛染院境内の梵鐘(ぼんしょう)―

練馬といえば「大根」、大根と言えば「練馬」だ!
練馬春日町駅近くの真言宗のお寺「練月山 愛染院(れんげつさん あいせんいん)」の境内にある梵鐘(ぼんしょう:1701年)は練馬区の有形文化財に指定されている。練馬大根の 話なのになぜ史跡の梵鐘?と思う方、この礎石を見て欲しい!丸いのに気が付いてもらえた?そう、なんと「沢庵石」だ。近隣の農家が持ち寄ったという。練馬大根の始まりは徳川 綱吉が尾張から種子を取り寄せて作らせたと言い伝えが残っている。参道には「練馬大根の碑」もある。


旧石器人と同じ場所に立つ!「早宮史跡公園(はやみやしせきこうえん)」


脈々と人の営みが積み重なったこの早宮史跡公園の周辺一帯は、「東早淵遺跡(ひがしはやぶちいせき)」と呼ばれている。旧石器時代(約3万年前)から平安時代の遺跡が所在。4か 所の地点で発掘調査が行われ旧石器時代の石器製作跡や石蒸し調理の跡、縄文時代の矢じり、弥生時代後期の竪穴住居跡と土器、平安時代の住居跡が発見された。現在は埋め戻され、 公園になっている。モニュメントには発掘調査に参加した児童・生徒が作ったタイルが埋めこまれている。


むかしむかしあるところに・・・伝説の「耳塚(みみづか)」


練馬春日町駅近くのマンションや一戸建ての家が立ち並ぶに場所に不思議な祠がある。なんとなく冷気が漂うので、調べてみると「耳塚(みみづか)」という伝説の地だった。
そのお話は『むかしむかし、上練馬村字中の宮(春日町5丁目)に信仰心のあつい老婆がいた。老婆は生きていくのが嫌になり村人に頼んで桶に入れて埋めてもらい、”たたきがね”をたたきながら往生した。それからしばらくして不思議なことに耳の悪い人が竹筒に耳をあてたり、花立てにたまった水で耳を洗うと耳の病気が良くなったという。そのうわさが広まり多くの人がお参りをするようになった』。現在は「円浄法師之位(えんじょうほうしのい)」と記した明治44年の石碑が立っている。
今でもお花が途絶えることはない。


ユーモラスな姿の石像「北町の仁王像」


旧川越街道沿いの北町商店街のあたりは、江戸時代に「下練馬宿(しもねりまじゅく)」があった。川越街道は江戸日本橋と川越間の43kmをつなぎ、この辺りは休憩所として利用されていた。北町観音堂(きたまちかんのんどう)はその中心的な場所にあり、練馬区指定有形文化財の「北町観音座像」(1682年)が祀られている。それを守るように手前には一対の「北町の仁王像」がある。私が一番のお気に入りの石像だ。向かって右が「阿形像(あぎょうぞう)」、左が「吽形像(うんぎょうぞう)」、両像の背には天和3年(1683年)の銘がある。石像らしいずんぐりとしたシルエットは重厚感と独特な温かみを感じる。


自然石に刻まれた仏さま「庚申塔(こうしんとう)」「お地蔵さま」「不動明王像」「馬頭観音」


―下練馬の大山道(おおやまどう)道標 東高野山道標 不動明王像―



―左から「早宮3丁目墓地及び地蔵群」「庚申塔」「愛染院脇の庚申塔」―



―左から「庚申堂」「不動明王座像」「庚申塔と夜泣き地蔵尊」―


散歩の途中で目にする石仏「庚申塔(こうしんとう)」「馬頭観音(ばとうかんのん)」「お地蔵様」「不動明王(ふどうみょうおう)」は、1700年代(江戸時代)建立と記されている。
「庚申塔」とは青面金剛立像(しょうめんめんこんごうりゅうぞう)が彫られている石像で、邪気を踏みつけ憤怒の表情が特徴だ。「馬頭観音」は村人にとって大切だった農耕馬の無業息災を願い、馬と歩く道中の安全を祈願し、死んでしまった馬の冥福を祈るために彫られ祀られている。「不動明王」は村人の安全を祈願して建立された。水害や疫病から守ると言われている。
先日の熊本や長野の水害の時は、石神井川沿いの不動明王の石像にお参りする人が訪れていた。これらの石仏は、道案内の役割と共に病の侵入を防ぐお守りとして庶民の暮らしを守る民 間信仰だった。道路の拡張で移動したものや道端にぽつんと置かれたもの、お寺が管理しているものなど様々な形で残っている。目立たない史跡だが300年もこの地に残っているのは日々お花を入れ替え、お参りをした人々のおかげと思う。



【編集後記】

以前から気になっていた石仏を散歩がてら写真に収めています。スマホは石仏の写真ばかりが並んで、ちょっと変なアルバムです。練馬のイメージが変化したのでは?皆さんの感想を楽しみにしています。
皆さんも新型コロナの影響で自宅周辺に詳しくなったのではないでしょうか?ぜひこちらよりご紹介ください。

 ご紹介したスポット一覧

1練月山愛染院観音寺 練馬区春日町4-17
  https://www.city.nerima.tokyo.jp/kankomoyoshi/annai/rekishiwoshiru/rekishibunkazai/bunkazai/b1702.html

2早宮史跡公園 練馬区早宮1-18

3北町観音堂「北町の仁王像」 練馬区北町2-38
  https://www.city.nerima.tokyo.jp/kankomoyoshi/annai/rekishiwoshiru/rekishibunkazai/ bunkazai/b1002.html

4耳塚(圓淨法師塚・えんじょうほうしづか) 練馬区春日町5-35
  https://www.city.nerima.tokyo.jp/kankomoyoshi/annai/rekishiwoshiru/rekishibunkazai/ bunkazai/b1610.html

5下練馬の大山道道標 東高野山道標 不動明王像 練馬区北町1-25
  https://www.city.nerima.tokyo.jp/kankomoyoshi/annai/rekishiwoshiru/rekishibunkazai/ bunkazai/b012.html

6早宮3丁目墓地及び地蔵群 練馬区早宮3-9

7庚申塔 練馬区春日町2-2-10

8愛染院脇の庚申塔 練馬区春日町4-17-1

9庚申堂 練馬区早宮4-10

10不動明王座像 練馬区早宮3-21-12
  https://www.nerimakanko.jp/photo/detail.php?photo_id=P000001382

11庚申塔と夜泣き地蔵尊 練馬区早宮3-42-42
  https://www.nerimakanko.jp/photo/detail.php?photo_id=P000001381







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