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	<title>関東誠鏡会 &#187; 同窓生・この人</title>
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	<description>福岡県立 八幡高等学校 同窓会「誠鏡会」の関東支部ホームページ。母校、故郷の情報提供と関東誠鏡会会員の情報交流を行うサイトです。</description>
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	<item>
		<title>『今しかない』を心に刻み、前に進む姿勢。一発勝負の舞台経験で手に入れた大きな宝物</title>
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		<pubDate>Thu, 29 Jan 2026 09:19:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

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		<description><![CDATA[2026 年 1 月某日、新橋某所にて、60 歳から俳優活動をはじめ、今回初めて舞台に挑戦した本戸義信さんにお話を伺いました。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">本戸義信さん（高35期）</span></h1>
<div class="entry-meta">取材・文＝田中ひとみ（高37期）　写真提供＝本戸義信さん<br />
投稿日 : 2026年1月29日（木曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202601-1.jpg" alt="" /><br />
本戸さんが出演した劇団イヴァノヴィッチ第6回公演「PLUTO～プルート」のシチュエーション写真。<br />前列右から二番目が本戸さん</center></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">本戸義信さん</span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1983年</td>
<td>八幡高校卒業（高35期）</td>
</tr>
<td width="15%">1988年</td>
<td>日本大学商学部卒業
</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%"></td>
<td>株式会社三菱銀行（現 株式会社三菱 UFJ 銀行）入行</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2022年</td>
<td>芸能事務所に所属。TVドラマなどに出演</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2025年</td>
<td>初舞台を踏む</td>
</tr>
</tbody></table>
</div>
<p><br />
2026年1月某日、東京某所にて本戸義信さんを取材しました。大学卒業後は銀行に就職し、仕事一筋できた本戸さんですが、55歳で子会社に出向し、時間にゆとりができたことで芸能事務所に所属。TVドラマのエキストラを経験したのち、2025年メインキャストとして初舞台を踏みました。そんな本戸さんにお芝居の魅力、還暦を過ぎた人生二周目の楽しみ方について伺いました。上津役中学出身。
 <br /> 
<h2>60歳を過ぎてお芝居に関わったきっかけ</h2>
<p class="interview">まずは、これまで歩んで来た人生について教えてください</p>
<p>
高校時代は決して目立つほうではありませんでしたが、体育祭で集団の副団長や対抗リレーのアンカーを任されたりとなぜか面倒な役目のお鉢は回ってくるタイプでした。部活はテニス部で大きな結果は残せませんでしたが、インターハイを目指しかなり頑張っていたと思います。勉強はというと・・・、3年で無事に卒業出来たのは先生方の温情のお陰というくらいの成績で受験は現役では全滅、一浪後日本大学商学部に入学しました。その反動からか、大学では2年から卒業まで特待生で通すほど真面目に勉強に励み、卒業後は三菱銀行に就職しました。社会人になってからは仕事一色で毎日残業は当たり前、休日も仕事のことが頭から離れることはない生活を30年余り送っていました。55歳で子会社に出向転籍して時間的にも精神的にも余裕ができ、ようやく自由に自分の時間を使えるようになりました。ところが、何かが足りない。「仕事以外に何か打ち込むことが必要なのでは？」と考えるようになり、その「何か」を探し始めました。
</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202601-2.jpg"> <br />
最近は穏やかな日々。お孫さんのお誕生日での 2 ショット。「孫の成長を見るのは もちろん楽しいですが 自分自身の残りの人生にもワクワク期待しながら生きていたい（本人談）」</center>
<br />
<p class="interview">芸能活動に関わるきっかけになったのは？</p>
<p>
まず、チャレンジしたのが「NHKのど自慢」です。たまたま地元での開催があり応募したところ、書類審査を通過したのです。「年間グランドチャンピオンになって歌手デビュー」なんてことを目論み（笑）、予選ではカラオケの十八番「宙船（そらふね）」を熱唱しましたが、残念ながら本選出場にはなりませんでした。その後、ネットでシニアタレントを募集している芸能事務所を見つけ、「芸能人として売れればのど自慢にゲストとして出演できるかも! 後悔するくらいなら挑戦してみよう」とオーディションに挑戦し、合格。入所後は毎週、演技、歌唱、声優のレッスンを受けつつ、たまにテレビドラマにエキストラとして出演していました。しかし、テレビドラマの撮影は丸1日拘束されても画面に映るのはほんの2、3秒で手元に残るギャラは数千円です。期待した充実感を感じられずにモヤモヤしていた時に、今回の舞台の出演者募集の案内が事務所にきたことから、オーディションを受け舞台出演が決まりました。</p>
<br />
<h2>初舞台について</h2>
<p class="interview">舞台を経験してどんなことを感じましたか？</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202601-3.jpg"> <br />
「PLUTO～プルート」のワンシーン</center>
<p><br />
オーディションの時点から、同じ事務所の舞台経験者の演技のレベルの高さにも驚きました。あっという間にセリフを覚え、大げさに見える動きも自然にできている。私もテレビの出演経験があるとはいえ舞台は別物で声が全く通らず、「その声では一番後ろのお客さんまで届かない」と指摘を受け、違いを痛感させられました。演技のレッスンは受けていましたが、映像を前提としたもので声が通るかどうかを厳しくチェックされることはなかったし、「勘が良い」と褒められることもあったので、若干凹みました。その後の稽古でも「熱量が足りない」「伝わらない無駄な動きが多い」などと厳しいご指導を頂きましたが、座組の皆さんにご迷惑をかけてはならないと、4ヶ月間（後半の2ヶ月は毎週土日に1日7、8時間）必死の思いで稽古に取り組み、何とか無事に公演を終えることができました。お客様にチケットを買って頂きプロとして演技をするプレッシャーは相当なもので、終わった後は、達成感より「ホッとした」のが正直な気持ちでした。</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202601-4.jpg"> <br />
稽古風景</center><br />
<p class="interview">舞台経験を通して、本戸さんご自身は何か変化がありましたか？</p>
<p>
いろいろなことに躊躇しなくなったことが、一番大きな変化ですね。舞台上ではすべての演技が一発勝負で、手探りをしながら始めて、温まってきたら本気出す！では務まりません。最初から「これが最後」と全力で挑むまなければならない。その時の自分の最高のものを見せなければならないのです。舞台に関わってからは日常生活でも、「今しかない」状況が続きました。オーディションに合格すると土日は稽古に時間を取られます。平日はサラリーマンとして仕事をしていますので「落ち着いてからまとめてやる」が出来ません。やるべきことは、すぐに手を着けるようになりました。以前に比べれば「今日やろう、今やろう、迷わずやろう」という姿勢が定着していった気がしています。
<br /></p>
<h2>これからの生き方について教えてください</h2>
<p class="interview">どのように年を重ねて生きたいですか？</p>
<p>
還暦を過ぎ人生も2周目。1周目はとにかく手堅い人生を歩んできましたが、これからは「成果が出るかわからない」不確かなものに真剣に取り組むのも悪くないなと思うようになりました。経済的な豊かさだけを考えれば、セリフを覚える暇があるなら資格を取る為の勉強をする方が良いのかもしれませんが、自分に強いるよりも無理せず好きなことをやる時間を増やしたい。芸能活動は引き続き、今後もお芝居や映画に挑戦したいです。年相応の配役に恵まれれば一生続けることができるかもしれない、そんな期待もあります。将来を考えるにあたって、87歳になる母の存在を外すことはできません。母は軽度の認知症を患っており、日常生活には大きな問題はないものの 5分前のことを思い出せません。1年前に亡くなった父のことを「どこに出かけているのか」と家族に聞いてくることもあります。認知症予防には少しの刺激が効果的だそうです。自分にとって芝居はきっと認知症の予防に良い効果をもたらすのだろうなと思います。母にも早い時期から人と関わり合うような趣味があれば、違う晩年を過ごしていたのでは？どうだっただろうと考えたりもします。<br />
誰もが後悔なく、心豊かに年を重ねていければいいなぁというのが私の気持ちです。
</p>


<p class="interview">楽しいお話を本当にありがとうございました</p>
<br />

<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<ul>
	<li>本戸さんの初舞台にはご家族、八高同期などたくさんの方が観に来てくれました。<br />主人公のパートナー（初老期）がメインの役でしたが最終幕の手前で女性の亡霊役を演じた為カーテンコールではこの姿に！</li>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202601-5.jpg"> <br />
※左はご家族、右の写真は 35 期の皆さんと</center>

	<li>「NHK のど自慢」では予選の歌唱の後には司会のアナウンサー（当時は小田切千氏）との面談があり、歌だけではなくテレビ受けする「紹介出来るメッセージ（人生ドラマ）」が必要なのだとか。本戸さんは応募はがきには職場の同僚を元気づける思いを綴ったのですが、予選の時には娘さんの結婚にもエールを送りたいと伝えたところ、小田切千氏がガッカリしたのがはっきりとわかったそうです。今後チャレンジしたい方は、「歌よりもテレビ受けするメッセージ（他者と被らない）を用意することが重要です」とのことでした。</li>

	<li>取材場所は、新橋のカラオケボックス。もちろん取材終了後は、本戸さんは十八番の「宙船」を熱唱してくださいました。35期の山上さん、田中の3人でカラオケボックスで4時間、楽しい時間を過ごさせていただきました。</li>
</ul>
</section>
 


<section class="linkList beigebox">
<h2>【関連リンク】</h2>
<br />
<ul>
	<li>劇団イヴァノヴィッチ<br />
　▼公式Instagram <a href="https://www.instagram.com/gekidan_ivanovitch/" target="_blank">https://www.instagram.com/gekidan_ivanovitch/</a><br />
　▼公式X <a href="https://x.com/ivanovitchmirai" target="_blank">https://x.com/ivanovitchmirai</a><br />
　▼YouTube <a href="https://www.youtube.com/watch?v=uyA1FivRI9o" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=uyA1FivRI9o</a>
</li>

	<li>NHKのど自慢<br />
　<a href="https://www.web.nhk/tv/an/nodojiman/pl/series-tep-N8GR183W9M" target="_blank">https://www.web.nhk/tv/an/nodojiman/pl/series-tep-N8GR183W9M</a>
</li>

</ul>
</section>






</article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ウイスキーに始まった味への冒険。 和食＆日本酒の道でもずっと続いていく。</title>
		<link>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12985</link>
		<comments>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12985#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 25 Jul 2025 00:17:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

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		<description><![CDATA[渡邊新之さん（高47期） 取材・文＝田中ひとみ（高37期）　写真提供＝渡邊新之さん 投稿日 : 2025年7月 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">渡邊新之さん（高47期）</span></h1>
<div class="entry-meta">取材・文＝田中ひとみ（高37期）　写真提供＝渡邊新之さん<br />
投稿日 : 2025年7月25日（金曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202507_01.jpeg" alt="" /></center></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">渡邊新之さん</span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1995年</td>
<td>八幡高校卒業（高47期）</td>
</tr>
<td width="15%"></td>
<td>上京　原宿のカフェにアルバイト入社<br />
</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1996年</td>
<td>新宿のバーにアルバイト入社しバーテンダー修行</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2007年</td>
<td>赤坂れくら入社</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2010年</td>
<td>系列会社の代表取締役に就任。れくらと並行し、都内で複数飲食店の店舗展開を行う。</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2022年</td>
<td>独立　赤坂れくらを親会社から買い取り、オーナーとなる</td>
</tr>
</tbody></table>
</div>
<p>
2025年5月某日、東京有数のグルメ激戦区・赤坂で和食店を営む渡邊新之さんを取材しました。20代前半でモルトウイスキーに魅せられ、本場のスコットランドへヒッチハイクで蒸留所巡りをしたという渡邊さん。彼の思い立ったらすぐ動く行動力は、現在もおいしい料理とそれに合うお酒を提供する店でも活かされています。とことんまで“おいしい”を追求し続ける食のプロに日本酒の魅力、ペアリングの楽しみ方、そして関東誠鏡会への意気込みについてお話を伺いました。槻田中学出身。<br />
 <br /> 
<h2>渡邊さんと日本酒</h2>
<p class="interview">どんな人生を歩んで来られたのですか？日本酒との出会いは？</p>
<p>
八高ではバスケに明け暮れ、引退後も夏休みにママチャリで四国一周するなど、充実した高校時代を過ごしました。一方、勉強に打ち込んだとは言えず、大学はスポーツ科学を学ぼうと関西と関東の国立大学を受験しましたがともに不合格に。地元の国立大を希望していた親とは険悪になり、もう大学はいいやと予備校の手続きもせずに5月頃までピザ店でアルバイトをし、バスケ部の先輩を頼りほぼ家出同然に上京しました。ラッキーなことにピザ店の社長のお姉さんが原宿でカフェを経営しており、すぐに働き口は見つかりました。そこは1年ほどで辞めましたが、バー、居酒屋とその後も飲食畑を歩むことになります。“まかないがある”という理由で入った飲食業でしたが、結果として一生の仕事になりました。20代前半にはスコッチウイスキーを追求するためにヒッチハイクでスコットランドの蒸留所巡りをしたこともあり、「お酒への探究心」は元々自分の中にあったのかもしれません。2007年に「おいしい和食と日本酒のマッチング」がコンセプトの「れくら」に入店しました。ここで料理と日本酒を深く知ることになるのですが、並行して経営多角化のために2010年に設立された別会社の代表取締役を任され、12年間で様々な店舗展開を行った後、2022年にれくらを買い取り、独立しました（現在も前会社の代表取締役は継続）。
</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202507_02.jpg"> <br />
おちついた雰囲気の看板と店内</center>
<br />
<p class="interview">和食と日本酒の魅力、ペアリングの魅力について教えてください。</p>
<p>
和食って面白いんですよ。他のジャンルの料理に比べ“旬”の食材を扱う機会が多く、日本料理独特の「うま味」を活かす微妙な味付けなど、調理法も繊細で飽きることがありません。れくらではお客様にもその時期に一番おいしいものを召し上がっていただきたいというところから、メニューは季節ごとのおまかせコースのみ（数種有り）のご提供になります。味は「喰い味＝輪郭」を意識して、塩や醤油に頼らず、出汁を利かせて誰が食べてもパキッとわかりやすく美味しいものを目指しています。</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202507_03.jpeg"> </center>
<br />
<p>
日本酒は、酒米の種類や産地、水、製法、温度によっても味わいが変わるため、和食に限らず、様々なジャンルの料理に合わせることができる懐の深さがあります。香りも魅力で、れくらでは香りを最大限楽しんでいただけるよう、ワイングラスでご提供しています。ワイングラスは日本酒が本来持っている複雑な香りを他の器よりふんわりと引きだしてくれます。以前は、 “もっきり”（枡＋コップに日本酒を注ぐ方法）で出していましたが、それでは香りが楽しめないと気づき、20年ほど前にこのスタイルになりました。</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202507_04.jpg"> </center>
<br />
<p>
「料理と日本酒が寄り添い合ってお互いの良さを引きだす」のがペアリング※です。料理と日本酒、どちらが主役でもない。だから、日本酒の品揃えは、食中酒を意識し、大吟醸より純米吟醸や純米酒が中心となっています。和食も日本酒も懐が広いので、ペアリングはいかようにでもでき、常に発見があります。探究のしがいがあり、新たなペアリングを考えるのは楽しいですよ。
※ペアリング、日本酒の基礎知識については【コラム】を御参照ください。
</p>

<p class="interview">とはいえ、飲食店の経営は大変ですよね？どんなご苦労がありますか？苦労を乗り越えるためのモチベーションは何ですか？</p>
<p>
飲食店経営の醍醐味は、やはりお客様に支持されることです。常連様はもちろんですが、新規でいらしたお客様がリピーターになっていただけると輪が広がっていくようで嬉しく思います。最初は仕事で訪れたお客様がご家族を連れていらっしゃることも少なくなく、中には小さかったお子さんが大きくなられてお客様としてご来店いただき、感動することもあります。とはいえ、飲食店ならではの先の読めない苦労はあります。赤坂という立地から接待のご利用も多いので、社会情勢の影響をダイレクトに受けて何度もピンチはありました。でも、その都度救いになるのはやはりお客様で、「頑張ってね」と嬉しい言葉に励まされることもしばしば。いつでも来ていただけるよう頑張って店を続けてこうという、モチベーションにつながっています。</p>
<p class="interview">日本酒のペアリングを最大限に楽しむためのコツ、これからの展望についておしえてください。</p>
<p>
最終的には自分の好み、感覚を大切にしていただきたいと思います。既存のセオリーやルールに縛られすぎず、新たな開拓を柔軟な姿勢で楽しんでください。お店でもある程度のおすすめはしつつもお客様のお好みや感覚を反映し、究極のペアリングに出会っていただけるよう努力しております。私個人としては、食、酒の道は生涯続く冒険だと思っています。これからも新たな道を開拓していきたいですね。
<br /></p>



<p class="interview">素敵なお話をありがとうございました。<br />
最後に久しぶりに集った同窓生たちの印象、当番期である今回の総会への意気込みついてをお聞かせください。</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202507_05.jpeg"> </center>
<br />
<p>
久しぶりに会った同級生たちの印象は、「八高生は頑張り屋さんだなあ」。総会は一大イベントとはいえ、ボランティアなのにみんな真面目に頑張って取り組んでいる。「八高生らしさに」うれしくなっています。<br />
私の役目は司会と食のおもてなしです。1 Day Barでは、プロの目で選んだおいしい日本酒とウイスキーを取り揃えていますので、お酒好きの方は必見です。あと、飲食店運営で鍛えた声で、司会を務めます。同窓生の皆さまにお会いできるのを楽しみにしております。
</p>
 

<section class="borderBox">
<h2>【コラム】<br />
「日本酒」のちょい知識1　日本酒のペアリング</h2>
<p>ペアリングとはお酒と料理のおいしさが最大限引き立つようなマッチングのことですが、実はペアリングにも様々な種類があります。代表的な例を紹介します。</p>
①ウォッシュ／リフレッシュする<br />
　濃厚な味の食事の後に口を中を洗い流すことで、次の一口を美味しくしてくれます。例えば、脂の乗った焼き魚×辛口※の日本酒などがこれにあたります。<br />
②味の方向性を合わせる<br />
　濃い味×濃醇、薄味×淡麗、強い香り×強い香り、等の組み合わせでペアリングの基本です。味の濃淡を合わせるとより馴染み、例えば白身魚×純米大吟醸などが好例です。<br />
③料理の味を引きだす<br />
　日本酒に含まれるアミノ酸には肉や魚の臭みを取り除く効果があり、料理本来のおいしさを引きだしてくれます。塩辛×純米酒、チーズ×純米酒などがこれにあたります。<br />
④第三の味を生み出す<br />
　ワインで良く使われる「マリアージュ」がこれにあたります。お酒と料理を合わせることで料理、お酒、それぞれ単体だけでは味わえなかった味が生まれる組み合わせです。<br />
<p>「食べ方で味の変化を楽しむ」という考え方もあります。ひとつは料理を食べてからお酒を飲む形。①のウォッシュが代表的です。最近では料理とお酒を同時に口の中で混ぜ合わせることで味わいを変える「口中調味（こうちゅうちょうみ）」も注目されています。
</p>
<br />
<h2>【コラム】<br />
「日本酒」のちょい知識2　日本酒の辛口・甘口</h2>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202507_06.jpeg"> </center><br />
<p>
日本酒を注文するとき、たいていのお客さんが「辛口」と注文するそうですが、辛口とは何でしょう？辛口とは「甘くないお酒」で、英語では辛口の日本酒をDry、甘口の日本酒をSweetと表現するのだそうです。では、基準となるポイントは何でしょうか？最初のポイントは「日本酒度」です。これは糖度のことで、お酒の中の糖分が少なければ日本酒度は +（プラス）、糖分が多ければ日本酒度は −（マイナス）となります。しかし、日本酒度が高ければ必ず「辛口」かというと、そうとは言い切れません。次のポイント「酸度」が関わってきます。酸と甘さが結びつくと甘酸っぱくなり飲みやすくなり、糖分が多くても酸度とのバランスで辛口になることもあります。もうひとつ重要なポイントになるのが、「香り」です。香りが甘ければ甘く感じるため、糖度が少なくても「甘口」と感じる人もいます。その他に、のどごしなども関係するため、人によって「辛口」といっても味の幅が違うのです。</p>

</section>

<section class="linkList beigebox">
<h2>【関連リンク】</h2>
<br />
<ul>
	<li>赤坂れくら<br />
<a href="https://reraku-akasaka.foodre.jp/" target="_blank">https://reraku-akasaka.foodre.jp/</a>
</li>
</ul>
</section>


<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<p>渡邊さんは熱く、サービス精神旺盛な方。1時間程度の取材時間の中で、たくさんのお話をしてくださいました。ここでは本文に書ききれなかった食にまつわる「目からウロコ」の面白情報をいくつかご紹介します。</p>
<ul>
	<li>◎本ししゃもは雌より雄が断然おいしい！</li>
　スーパーでは子持ちししゃも(カラフトシシャモ)ではなく、本ししゃもの雄を見つけたらこちらを買うべし。

	<li>新鮮なサンマの肝は苦くない</li>
　棒受け網漁で獲れたサンマは肝に鱗がたくさんだからおいしくない。刺し網漁で捕ったサンマの肝は鱗も入ってなく綺麗。また裏ごしした肝で作ったきも醤油を使って焼くと味が全然違う。

	<li>ホタルイカは天ぷらで</li>
　ホタルイカは肝が美味。お酒に合わせるなら断然天ぷらがオススメ。

	<li>そら豆はさやごと丸焼きに</li>
　そら豆は湯がくとうまみがお湯に流れ出てしまうので、さやのまま丸焼きが手軽でおいしい。さやの中で蒸されたそら豆の本来のうまみを味わえる。

	<li>枝豆は冷まして味をなじませる</li>
　枝豆は湯がいてすぐより少しおいて冷まして、常温くらいが豆本来の味がわかる。塩は多めに振るのがポイント。
</ul>
</section>





</article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>趣味の漆芸で心潤う、人生が輝く。 &#8212;同窓生が語る、漆の魅力&#8212;</title>
		<link>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12712</link>
		<comments>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12712#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 25 Oct 2024 05:47:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kanto-seikyokai.jp/?p=12712</guid>
		<description><![CDATA[2024年9月某日、漆芸を習い初めて9年（金継ぎ2年、うるし7年）、
師匠のアシスタントもこなし、趣味の域を超えつつある島野晶子さん（高37期）。
漆芸に出会ったきっかけや漆器・漆芸の魅力、
さらにこれから漆芸をはじめたい人へのアドバイスを伺いました。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">島野晶子さん（高37期）</span></h1>
<div class="entry-meta">取材・撮影・文＝田中ひとみ（高37期）<br />
投稿日 : 2024年10月25日（金曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202410-01.jpg" alt="" /></center></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">島野晶子（しまのあきこ）さん</span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1985年</td>
<td>八幡高校卒業（高37期）</td>
</tr>
<td width="15%">1987年</td>
<td>カリタス女子短期大学卒業<br />
協和発酵工業株式会社入社
</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1990年</td>
<td>出産のため、同社を退社(結婚は1990年)。結婚後、神奈川（横浜）、兵庫（姫路）→埼玉（深谷）千葉（松戸）→埼玉（深谷）と移動</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2009年</td>
<td>北本（埼玉）に居を構え、2011より北本市立学校図書館指導員として勤務</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2015年</td>
<td>金継ぎを学び始める</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2017年</td>
<td>漆塗りを学び始める</td>
</tr>
</tbody></table>

<p>
八高卒業後はカリタス女子短期大学に進学。卒業後、協和発酵工業株式会社に入社。1992年出産を機に同社を退社。以降ご主人の転勤で神奈川（横浜）、兵庫（姫路）、埼玉（深谷、北本）千葉（松戸）に移り住み、2009年に北本に居を構える。2015年より金継ぎ、2017年から漆塗りを習う。2024年からは研修生（生徒兼アシスタント）として、師匠の漆商品の製作のサポートをおこなっている。長崎市立西浦上中学校出身（八高には1年生の2学期に編入）
 <br /> </div>
<br />
2024年9月某日、漆芸をはじめて8年（金継ぎ2年、漆6年目）、現在は研修生として師匠のアシスタントもこなし、趣味の域を超えつつある島野晶子さん（高37期）。漆芸に出会ったきっかけや漆・漆芸の魅力、さらにこれから漆芸をはじめたい人へのアドバイスを伺いました。<br />
<h2>「漆器（しっき）」基礎知識①　漆器ってどんなもの？</h2>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202410-02.jpg"> <br />
※二番目のお嬢さんの結婚祝いに製作した島野さんの最新作</center><br />
<p>
漆器とは、木や紙などに漆（うるし）を塗り重ねて作る工芸品のことを指します。漆はウルシノキから取れた樹液をろ過、精製したもので、強い接着力と抗菌性があります。ウルシノキは東アジアから東南アジアで自生・植栽し、漆芸（しつげい）※はアジア独特の工芸で、日本、中国、朝鮮、台湾、タイなどで作られ、それぞれの風土に適した技法が発達しました。日本では縄文時代から木や紙の食器のコーティング塗料や装身具の接着剤として使われてきました。装飾品や工芸品にも用いられ、漆器は西洋で「ジャパニング」の名で呼ばれるなど、日本の伝統的な工芸品として世界中から愛されています。ちなみに今ブームの金継ぎも伝統的な「本金継ぎ」は漆を使う漆芸です。<br />
漆器には金や銀、貝などで装飾したものも多く、もしかしたら「特別なシーンで使う高級なもの」というイメージが強いかも知れません。また、「扱いが難しそう」と思っている方も多いようですが、基本的な特徴さえ掴めば、特別な手入れは不要です。滑りにくく、優しい口あたり、軽くて温かみのある手触りは、普段使いに向いています。おしゃれで食卓に彩りを与えることもできる点も魅力です。<br />
※漆を使う工芸全般（漆器、金継ぎも含まれる）<br />
</p>
<h2>島野さんと漆芸　漆芸の魅力について</h2>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202410-03.png"> <br />
※島野さんの作品の一部　左から時計回りに、スプーン、夫婦箸、湯飲み、コーヒーカップ、蕎麦猪口</center>
<br />
<p class="interview">島野さんと漆との関わり、漆芸をはじめたきっかけについて教えてください</p>
<p>
昔から器を見たり集めたりするのは大好きでした。実家の両親とも器好きで、小さい頃は有田焼の陶芸祭りなど器のイベントにはよく出かけていましたし、母の手料理が有田焼や漆の食器で食卓に出されることもあり、「料理は器で完成する」という感覚は自然に身についていた気がします。とはいえ、大人になるまで自分で作るという発想はありませんでした。漆芸をはじめたのは娘が成人した頃に、両親から祖父の遺品の金継ぎ（伝統的な「本金継ぎ」は漆を使うため、漆芸の一種）をしてほしいと頼まれたことがきっかけです。祖父の遺品には漆器をはじめとした器がたくさんあり、その中に祖父が自分で金継ぎをしたものを見つけて関心を持っていましたから、習うことに迷いはありませんでした。自宅から通いやすい埼玉県内の金継ぎ教室を探し、しばらくは祖父から譲り受けた器を修復していましたが、2年ほどすると修復するものがなくなってしまって。どうしようかと思っていたちょうどその時、新しい漆教室が立ち上がることになり、金継ぎは一旦やめて漆教室に移り6年になります。<br /></p>
<p class="interview">漆器にハマった理由、続けられる理由について教えてください</p>
<p>
何よりも漆器の魅力に惹かれたのが一番ですね。見た目の美しさはもちろんですが、その感触が素晴らしい。温かみがあり、ぽってりと手に馴染む感じがなんとも言えず良いんです。口触りも優しくて箸やスプーンは一度使うと他は使えなくなります。天然素材で口に入れても安心なので、2歳の孫用にスプーンを作り、愛用してもらっています。また、最強の塗りものと呼ばれる漆は、酸やアルカリにも強く、どんな食材でも傷つかない強度があります。高い抗菌作用も漆ならではで、食べ終わって持ち帰ったお弁当箱が全く匂わない！　花も傷みにくいため花器にもよく使われています。経年変化も楽しみの一つ。時を経ると漆は色が明るくなり艶も増し、美しくなっていきます。古くなれば、研いで塗り直すことができ、何十年何百年と使うことも可能な、まさにSDGs時代にマッチした器でもあります。それから…。ああ、漆器の魅力を語りはじめると、止まりません。<br />
習い事の魅力としては、やはり形に残るものを作っていることでしょうか。人にあげても喜ばれますし、実際に自分で使うことができるので愛着も沸きます。最低でも20工程以上（中には30工程のものも！）あるので、できあがるまでに時間はものすごーくかかります※が、その分作品ができあがった時の喜びはひとしおです。失敗した時は、研いで一つ前の工程に戻ることができるので初心者としてはありがたいのではないでしょうか。一方で、奥が深すぎて、やってもやっても「まだまだ先は長い」と感じることがしばしばあります。6年経っても、できあがった作品が思い通りにできたと思えたことは未だにありません。それでもまだ「その先」が見たいと思う。5年で、15作品ほどしかできていませんが、一つ完成すると次の作品意欲が湧いてしまうんです。一生その意欲が続けばいいなぁって思います。<br />
※島野さんは最初の作品完成までに1年半かかったそう。<br />
<br /></p>
<p class="interview">この先、漆とはどのように付き合っていきたいですか？目標は？</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202410-04.jpg"> <br />
※お孫さんのお食い初めの時の手料理ショット。特別な日に限らず、島野家では日常的に漆器が並びます。</center><br />
<p>2024年から、研修生として師匠である菊池先生の作品や販売する商品作りのお手伝いもしながら、勉強させていただいています。先ほど、失敗すれば工程を戻ることができると話しましたが、商品の場合はダイレクトにコストに跳ね返ってくるわけで、失敗は許されない。楽しいばかりの「教室」との違いを実感しています。失敗することも少なくなく心が折れそうになることもありますが、一つひとつの工程への集中力が高まって、これまでより全体を俯瞰して見られるようになりました。研修では、道具や刷毛も自分で作ります。実際に作ってみるとそれぞれの機能や役割が深くわかってきて、改めて道具の大切さを感じています。研修で得るものが多すぎて、来年もまた研修生として修業させていただくことになりました。
　作品作りについては、芸術的なものは考えていません。あくまでも生活に密着したものを作っていきたいと思っています。ただ、食器だけに限らず、菊池先生のように趣味の道具（アウトドア用品など）や花器、アクセサリーなどにも挑戦してみたいです。<br />
漆器をあまり知らない人にも、「漆器は実用的な日用品で長く使っていくもの」ということを伝えていきたいです。また、国産漆の現状についても知ってもらいたいです。実は国産漆の自給率は3％程度でそれ以外の大半を中国に依存していて、国宝・重要文化財の維持・修復用に使う国産の天然漆が全く足りていないのだそうです。その状況を憂い、菊池先生は、国産漆の自給自足を目指し、茨城で漆の植林活動をなさっています。私も微力ながら、漆文化を未来に残すお手伝いができたらいいな、とも思っています。
</p>

<p class="interview">最後に、島野さんが考える趣味を持ち続ける意義、これから趣味を見つけたい人へのアドバイスを。</p>
<p>
私にとって趣味を持ち続けることは、人生を豊かにするために必要なことだと考えています。私自身は小さい頃からピアノを習っていて、結婚前までずっと弾き続けてきました。結婚後、住宅事情からピアノがバイオリンに変わったり、子育てで中断することはありましたが、続けてきたことで心だけでなく生活にも潤いを与えてくれたことは間違いありません。漆芸に関しては当初は老後の楽しみにする予定で、両親に自分達が元気なうちにはじめてほしいと急かされはじめたのですが、今では人生に欠かせないものとなりました。できる時に始めておいてよかったと思っています。<br />
先輩方が読まれるかもしれないこの記事で、アドバイスなんておこがましいのですが、好きなことやりたいことができた時が、「タイミング」なのだと思います。「まだ早い」「もう遅い」なんて考えず、やりたいことを見つけたら、まずははじめることをおすすめします。<br />
</p>

<p class="interview">素敵なお話を本当にありがとうございました。</p>


<br />
<h2>「漆器（しっき）」基礎知識②　漆器の製造過程</h2>
<p>漆器の製造工程には、大きく分けて「素地」「塗り」「加飾」があります。「素地」とは器の形のもとになるもので、木製品と合成樹脂製品があります。木製品は6ヵ月～1年乾燥させた天然木を使います。お椀などの丸物は天然木をろくろで回しながら削って形を作り、箱やお盆などの角物は天然木や漆器用合板を裁断して削り組み立てて作ります。「塗り」の工程は下塗りと上塗りに分けられます。下塗りはまさに下地づくりで漆器の強度や品質を左右する過程で「塗り」「乾燥※」「研ぎ」の1セットを何度も繰り返し、上塗りまでに最低でも4、5セット、14工程ほど行います。上塗りは仕上げの塗りのことで、均一の厚さに仕上げる技術と共に、漆を乾燥（硬化）させる湿気と温度を一定に保つ環境（気温23～28℃、湿度60～70%）作りも重要です。加飾は上塗りまで行った漆器に装飾を施すことで、代表的なものとして蒔絵（まきえ）と沈金（ちんきん）があります。蒔絵は漆器に筆を使って漆で文様を書き、その上に金粉・銀粉などを蒔き付ける技法で、沈金は漆器を削ったところに金箔・銀箔、金粉・銀粉、顔料などを漆で接着させる技法です。この他にシルクスクリーン印刷を使った加飾もあります。なお、島野さんの教室で学んでいるのは「塗り」以降の工程です。<br />
※上記の工程・材料は伝統的な手法です。最終仕上げが漆であれば、その他がウレタン塗装であっても「漆塗り」と表記しているものもあります。<br /></p>
<br />
<br />
 

<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<ul>
	<li>「料理は器で完成する」を実践。見た目も味もプロ並みです。夕食時の一コマ。著者も一度ご自宅でごちそうになりましたが、味、見た目ともに感動したことを覚えています。また呼んでね！
</li>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202410-05_2.jpg"> </center>
	<li>●100均の利休箸も漆使いで、見違える。味気なかった100均の利休箸（まん中が太くなった上下両方使える箸）を「摺り漆」（すりうるし：生漆を塗る・拭き取るを繰り返す技法）でアレンジしたもの。鉄板焼きなどで取り箸として使うためだそうです。オシャレ！
</li>
	<li>島野さんが長年続けているものもう一つ「水泳」。八高時代は水泳部で日焼けして真っ黒だったという島野さん。水泳も生涯の趣味の一つで、コロナ前まではマスターズ大会にも出場していました。
</li>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202410-06_2.jpg"> </center>
	<li>食べたいとき、飲みたいときが「タイミング」。食べたいとき、飲みたいときが「タイミング」。取材は銀座の某レストランでランチをしながら実施。堅苦しいルールはなしに、お昼からシャンパングラス片手に楽しく、お話を伺いました。
</li>


</ul>
</section>

<section class="linkList beigebox">
<h2>【関連リンク】</h2>
<br />
<ul>
	<li>菊池麦彦HP（島野さんの師匠のページ）<br />
<a href="https://mum-urushiproducts.com/" target="_blank">https://mum-urushiproducts.com/</a>
</li>
	<li>mum Onlineshop（菊池氏の漆商品のオンラインショップ）<br />
<a href="https://mumonline.theshop.jp/" target="_blank">https://mumonline.theshop.jp/</a>
</li>
	<li>NPO法人壱木呂の会（日本産漆を支援する団体）<br />
<a href="https://1kiro.jp/" target="_blank">https://1kiro.jp/</a>
</li>

</ul>
</section></article>





</article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ラグビーで培った諦めない気持ちと調整力を 武器に人生後半も楽しむ</title>
		<link>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12513</link>
		<comments>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12513#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 25 Apr 2024 11:40:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

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		<description><![CDATA[2024年3月某日、オンラインにて、株式会社日本設計にてまちづくりに携わる古田靖二さんを取材しました。大学進学や就職にも影響を与え、その後の人生形成に欠かせないラグビーとの関わり方、また知識ゼロからはじめるラグビーの楽しみ方についてお話を伺いました。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">古田靖二さん（高38期）</span></h1>
<div class="entry-meta">取材・撮影・文＝田中ひとみ（高37期）<br />
投稿日 : 2024年4月25日（木曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202404-01.png" alt="" /><br />
大学時代、果敢にタックルを決めた古田さん</center></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">古田精二（ふるたせいじ）さん</span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1986年</td>
<td>八幡高校卒業（高38期）</td>
</tr>
<td width="15%">1992年</td>
<td>慶応義塾大学経済学部卒業 <br />
 三菱地所株式会社入社
</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2015年</td>
<td>函館三菱ふそう自動車販売株式会社入社</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2018年</td>
<td>乾汽船株式会社入社</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2019年</td>
<td>株式会社日本設計入社</td>
</tr>

</tbody></table>

<p>
大学卒業後は三菱地所に入社、営業職として23年勤務。その後、元上司だった人からの誘いを受け函館三菱ふそう自動車販売にて社長を約3年務めたのち、現在は日本設計でまちづくりを担当する。2012年迄、母校大学ラグビー部のコーチに就いていた。永犬丸中学出身。
 <br /> 
<br />
2024年3月某日、オンラインにて、日本設計にてまちづくりに携わる古田靖二さんを取材しました。大学進学や就職にも影響を与え、その後の人生形成に欠かせないラグビーとの関わり方、また知識ゼロからはじめるラグビーの楽しみ方についてお話を伺いました。 </p></div>
<br />

【コラム】 <br />
－初心者のためのラグビー基礎知識－<br />
2015年の南アフリカ戦勝利から2019年の日本でのワールドカップ開催・決勝トーナメント進出、その後2022年ジャパンラグビー・リーグワン開幕と人気が高まってきているラグビーですが、実はルールなどあまり知らないという方も多いのでは？ 古田さんのお話の前に少しだけラグビーの基礎知識をご紹介します。 <br />
<br />
＜概要＞ <br />
イングランド中部のラグビーにあるラグビー校を発祥地とし、1チーム15人（13人制もある）ので2つのチームに分かれ行われるスポーツ。ボールは楕円形で、他の球技に比べると珍しい特徴がある。ヨーロッパばかりでなく、オセアニア、南アフリカ、アルゼンチンで人気の競技である。 <br />
ラン、パス、キックなどで前進し、タックルなどで防御してくる相手をかわして敵陣ゴールラインを超えたエリアにボールをつければ得点（トライ）となる。攻守は常に入れ替わる。試合時間は前後半各40分、計80分。<br />
<br />
<h2>古田さんとラグビーの関わり</h2>
<p class="interview">ラグビーとの出会いについて教えてください。</p>
<p>
ラグビーとの出会いは八高時代です。とはいえ、入学時は部活に入るのさえ迷って、色んな部活勧誘の先輩から逃げ回っていましたが、なぜかラグビー部の先輩に捕まり、「きついのが嫌なら、仕方ないね」と言われたことがきっかけで黒崎小、永犬丸中と6年間サッカーで頑張ってきたという大したこともないプライドに火が付いてしまい、そのまま練習に参加することに。気がつくと高校時代はラグビー一色になっていました。八高ラグビー部のOBには蒼々たる先輩がいて、中でも慶應から新日鉄八幡に進み、日本代表級を長く務められた荒牧滋美（ますみ）さん（たぶん２７期）はカッコよかった。慶應に一瞬憧れたものの、ラグビー漬けで勉強と無縁な当時の私にとっては天文学的な偏差値に気付いて、すぐに頭の隅に追いやりました。引退後にようやく受験勉強をはじめ、現役で九州工業大学を受験しますが、撃沈。再び慶應への憧れが湧き上がり、親に土下座し福岡・香椎の代ゼミの寮（1期生）に入って一浪後、慶應大学経済学部に合格しました。
</p>
<br />
<br />
<p class="interview">その後は、ラグビーは古田さんにどんな影響を与えたのですか？</p>
<p>
慶應のラグビー部では合宿所生活で高校以上にラグビー漬けの日々。練習は想像を遥かに超えるキツさでしたがどうにか耐え続け、小柄で不器用ながら４年の早慶戦はリザーブ（ベンチ入り）で途中出場、初秩父宮※が叶いました。試合は完敗でしたが、帰省後にみんなから「おめでとう」いう言葉をもらい「もう1年頑張ろう」と、5年目でレギュラーを獲得しました（笑）。卒業後はラグビー部の先輩からの誘いで三菱地所に就職します。仕事では「近隣対策」「地権者対応」「業者間ネットワーク」を得意技に自分らしさを発揮。ラグビー時代に培った諦めない気持ちや調整力が役に立ちました。47歳で23年間勤めた三菱地所を退社し、函館で約3年間ディーラーの社長を務めた後、50歳で日本設計に入社しました。現在の仕事は「開発コンサル」「まちづくり」で、特にリノベーションを中心に既存ストックを活かしたバリューアップをメインとしており、ここでも持ち前の泥臭い調整力が活きています。それなりに苦労もしてきたのでこれからは安定した人生を過ごしたい気持ちもありますが、染みついたラガーマン気質＝面倒なことを進んで引き受けてしまうのは変わらず。今でも大学ラグビー関係であれやこれや声掛けられ・・・あまたの八高ラグビー部の諸先輩後輩方を前に大変恐縮ではありますが、やはり私の人生を語るにはラグビーは欠かせないようです。お陰様で。 <br />
<br />
※秩父宮ラグビー場。ラグビーの国際試合、日本選手権、トップリーグ、大学選手権、関東大学対抗戦/
リーグ戦などに利用される日本ラグビーの聖地。
<br />
<br />
<h2>生粋のラガーマンが語る、ラグビーの楽しみ方</h2>
<p class="interview">初心者でもわかりやすいラグビー観戦の楽しみ方を教えてください。</p>
<br />
<p>どうしてもボールを持った「攻撃側」を見てしまいがちですが、ボールを持っていない選手たちの動きも面白いんです。よーく見ると後ろの方で守っている選手が次のプレーに向けて何か仕掛けていたり。「次、この人は何をやるんだろう？」と想像しながら見ているとラグビーの奥深さ面白さを感じられるのではないでしょうか？ルールを知ればさらに面白いですが、大男たちが必死になって鬼ごっこ＋陣取り合戦をしていると言う感覚で観戦すると、なんだか親しみを感じるかもしれません。タックルした選手がいつまでも寝ていると（＝相手側の球出しの邪魔になるところにいると判定されると）すぐ「ノットロールアウェイ」というペナルティが課されますので、慌てて逃げ出そうとしているところや、タックルされた選手が「ジャッカル」されないように、また「ノットリリースザボール」というペナルティを取られないように瞬時に身をよじりながら味方側にボールを残す（置きにいく）ところなど、細かい選手の動きにも注目していたら十分楽しめます。さらに興味が沸いたら、ぜひラグビー場に足を運び生で観戦するのをおすすめします。選手同士がぶつかり合う音は迫力満点です。最初はビックリするかもしれませんが、テレビでは経験できない臨場感を味わえます。ポジションが多様なので、選手の個性も多種多様。身長の高い人低い人、足の速い人、超マッチョな人など、様々な個性が見つかります。推しの選手を見つけて応援するとより楽しめると思います。<br />
<br />
そして、ラグビーの魅力はなんといってもその精神。みなさんも「ノーサイド」と言う言葉は聞いたことがあるのではないでしょうか？日本では「試合終了」の合図ですが、試合が終了すれば、敵と味方、勝者と敗者の区別はなくなり、お互いの健闘を讃えようというメッセージでもあります。私自身学生時代、試合直後にアフターファンクションという敵味方なく飲む場があったのですが、結構何十年も経った今でも、古い敵チームの仲間らと一緒に飲む機会など結構あって、こりゃあ死ぬまで続くんだなという覚悟をしています（笑）。また実は世界的な話なのですが試合後の飲み会で、なぜか不思議なルールがあるんです。「バッファロー」というルールなのですが、必ずグラスを左手で持たなければならないというもの。なぜだと思います？右手は握手をするために空けておかなければならなくて、右手でグラスを持っているのを見つけられると「バッファロー」と指摘され、一気に飲まなければならない。今でもやっているのかは謎ですが・・・。<br /> 
そうした背景も想像しながら「紳士のスポーツ」ラグビーを楽しんでもらいたいですね。 
</p>

<p class="interview">貴重なお話ありがとうございました。</p><br />
<br />
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202404-03.jpg" alt="" /> <br />
墨田区「情報経営イノベーション専門職大学（久米ゼミ）」で教鞭をとる！？</center>



 

<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<ul>
	<li>古田さんの自慢：高38期の当番期のゲストは八高出身で2003、2007年のラグビーワールドカップで日本代表の主将を務めた（全48試合出場中、45試合が主将だったため「ミスター・キャプテン」と呼ばれており、また「世界選抜」の経験もある！）高46期の箕内拓郎氏。古田さんが箕内さんを知っているのは当然ですが、箕内さん自身も古田さんを八高のラグビー部OBとして認識していた！と知人から聞いて誇らしく思ったとか。 
</li>
	<li>サービス精神旺盛な古田さん。事前のアンケートにびっしりと、八高のOBとの実名入りエピソードを書いていただきました。残念ながら全部お伝えできずすみません。
</li>
	<li>古田さんは真面目な顔をしていても面白キャラ。当番期は「八高ファイト」の音頭を取られたのですが、なぜか会場から笑いがあふれていました。
</li>
	<li>今回のZOOM取材中、古田さんを推薦してくださった高38期の辰川さんが耳だけ参加。時々電車の音が聞こえたり、メッセージを送って「参加アピール」していたのが面白かったです。
</li>


</ul>
</section>

<section class="linkList beigebox">
<h2>【関連リンク】</h2>
<br />
<ul>
	<li>株式会社日本設計<br />
<a href="https://www.nihonsekkei.co.jp/" target="_blank">https://www.nihonsekkei.co.jp/</a>
</li>
	<li>秩父の宮ラグビー場<br />
<a href="https://www.jpnsport.go.jp/chichibunomiya/" target="_blank">https://www.jpnsport.go.jp/chichibunomiya/</a>
</li>

</ul>
</section></article>





</article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://kanto-seikyokai.jp/?feed=rss2&#038;p=12513</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>大人になって改めて感じる北九州の魅力とチカラ。もっともっとたくさんの人に知ってもらいたい。</title>
		<link>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12380</link>
		<comments>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12380#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 22 Dec 2023 03:00:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kanto-seikyokai.jp/?p=12380</guid>
		<description><![CDATA[2023年12月某日、東京・交通会館内にて、北九州市東京事務所副所長を務める香月麻記子さんを取材しました。北九州の魅力を広げるためにさまざまな政策を行う香月さんに、北九州の“今”と“未来”、そして、関東誠鏡会への意気込みについてお話を伺いました。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">香月麻記子さん（高46期）</span></h1>
<div class="entry-meta">取材・撮影・文＝田中ひとみ（高37期）<br />
投稿日 : 2023年12月22日（金曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202312_01.jpg" alt="" /></center></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">香月麻記子（かつきまきこ）さん</span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1994年</td>
<td>八幡高校卒業（高46期）</td>
</tr>
<td width="15%">1998年</td>
<td>西南学院大学文学部国際文化学科卒業<br />
中国・北京に語学留学
</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1999年</td>
<td>帰国</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2000年</td>
<td>北九州市に就職<br />
以降、保護課、国際政策課、行政経営課、空港港湾課などを経験 </td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2003年</td>
<td>北九州市東京事務所　副所長に就任</td>
</tr>

</tbody></table>

<p>
八高卒業後は西南学院大学文学部国際文化学科に進学。同大学卒業後、1年間中国・北京に語学留学。帰国後、北九州市に就職。八幡西区役所保護課、経済文化局国際交流課、総務局行政経営課、上下水道局総務課などを経て、2023年4月より北九州市東京事務所　副所長に就任。関係人口の拡大、移住、ふるさと納税の促進を目的に、北九州市のプロモーションを行っている。引野中学校出身。
 <br /> 
<br />
2023年12月某日、東京交通会館内にて、北九州市東京事務所副所長を務める香月麻記子さんを取材しました。北九州の魅力を広げるためにさまざまな政策を行う香月さんに、北九州の今と未来、関東誠鏡会への意気込みについてお話を伺いました。
</p></div>
<br />
<h2>まずは香月さんについて教えてください。</h2>
<p class="interview">高校、大学、そして就職までどのように歩んでこられたのですか？</p>
<p>
高校の3年間は、穏やかな日々でした。部活は書道部で、特別印象的なこともなかったけれど、友人に恵まれて楽しくいつも笑っていた記憶があります。卒業後は西南学院大学文学部国際文化学科に進学しました。大学も高校の延長上のような感じで、特に何かに熱中することはありませんでしたが、穏やかで落ち着いた学生生活を送っていました。ところが、大学3年生になって、香港映画にハマってしまい、「香港で暮らしたい！」と香港留学を決意します。しかし、ちょうど香港が中国に返還されたタイミングだったこともあり、中国語の教授から「広東語（香港の公用語）より北京語を学んだ方が後々のためになる。中国本土に行った方がいい。北京語をマスターしてから広東語を学べばいい」と説得され、最終的に北京に留学しました。行ってみると、北京は伸び盛りの時期で、街がみるみる変わっていくのを目の当たりにするのは面白かったですね。あちこち出かけて楽しい留学（遊学？）生活を送ることができました。1年2ヵ月で帰国しましたが、就職氷河期が続く時代でなかなか就職先が決まらず、どうしようかと思っていたところ、母の知人から「公務員なら既卒でも平等に受けられるから受けてみたら」とすすめられました。ちょうど北九州市で、語学やITなど様々な分野の人材を採用する試験区分の募集があり、中国語も活かせそうだと受験し、北九州市に採用されました。
</p>
<br />
<br />
<p class="interview">北九州市ではどんなお仕事をされたのですか</p>
<p>
最初は生活保護などを担当する八幡西区役所保護課に配属され、3年後に国際交流課に異動し、北九州市と友好都市である中国・大連市との交流事業に携わりました。その後もあちこち異動があり、23年間で10の部署を経験しました。仕事内容は実に多岐にわたり、北九州市立大学で若者の地元就職促進をすることもあれば、上下水道局で安全・安心な水道と下水道を守る業務に携わることもありました。これらの経験を積んだ後、2023年より北九州市東京事務所副所長に就任しました。<br />
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202312_02.jpg" alt="" /></center><br /><p>
北九州市東京事務所では企業誘致、定住・移住相談、U・Iターン応援、観光振興、ふるさと納税促進など、多方面で北九州のプロモーションを行っています。北九州市の人口も今では91万人となり、若者離れが深刻な問題です。人口流出に歯止めをかけるべく、若者の地元定着、移住者の受け入れなどの取り組みを盛んに行っています。具体的には北九州PRのイベントを行ったり、移住を考える方の相談にも乗ったしりしています。InstagramやXなどのSNSを活用した情報発信も積極的に行い、ファン作りにも力を入れています。
<br />
<br />
<h2>香月さんから見た北九州市の魅力とは</h2>
<p class="interview">北九州のどんな点を推しにされているのですか？ </p>
<br />
<p>意外かもしれませんが、北九州市の「暮らしやすさ」は全国的にもかなりハイレベルなんですよ。その理由はたくさんありますが、特に象徴されるものをいくつかご紹介します。<br />
<br /> 
北九州市が暮らしやすいワケ1）<b>物価が安い！</b><br /> 
政令指定都市の<b>第1位</b>です。<br />
<br />
<p>
北九州市が暮らしやすいワケ2）<b>医療充実＆治安の良さ</b><br />
人口当たりの病院病床率が政令指定都市<b>第2位</b>です。<br />
北九州市の刑法犯認知件数は、平成14年をピークに<b>86.5%減少</b>しました。<br /> 
<br /> 
北九州市が暮らしやすいワケ3）<b>子育てしやすい！</b><br /> 
<b>「次世代育成環境ランキング」</b>（NPOエガリテ大手前）では子育てしやすい街として政令指定都市では<b>12年連続第1位</b>。第2回<b>「日本子育て支援大賞2021」</b>(一般社団法人日本子育て支援協会)も受賞しました。  <br />
<br /> 
北九州市が暮らしやすいワケ4）<b>人がいい！オープンマインド！ </b><br />
移住された方からは、「移住者をよそ者扱いすることなく、自然に街に馴染めました」という声がよく聞かれます。ずっと八幡に住んでいるとわかりませんが、かつて八幡製鉄所が多くの移住者を受け入れた歴史に通ずるのかもしれません。 <br />
<br />
北九州市が暮らしやすいワケ5）<b>食べ物がおいしい！</b><br /> 
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202312_03.png" alt="" /></center><br />左上から時計回りに「焼きカレー」「豊前海一粒かき」「寿司」 <p>
<p>
北九州の食べ物のおいしさは、同窓生の皆さんもご存知ですよね？まずは最近人気のグルメをご紹介します。焼きカレーは最近よくTVで紹介され、人気となっていますよね。お寿司もわざわざ遠くから食べにこられる方もたくさんいるようで、密かなブームです。糸島の牡蠣も有名ですが、北九州の牡蠣も負けていません。ふるさと納税の返礼品も、小倉牛や関門ポーク、ふぐ、いくらなど、バラエティ豊かにご用意しています。今も昔も、グルメの宝庫です。
</p>
<br />
北九州市が暮らしやすいワケ6）<b>日本国中から注目される観光スポット多数</b><br /> 
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202312_04.jpg" alt="" /><br />左上から時計回りに「和布刈公園第二展望台」「皿倉山」「門司港」「小倉城」「若戸大橋」「門司港駅」</center><p>
<br />
ご存じかもしれませんが、北九州市は日本新三大夜景都市に認定されました。要因となったのはブームとなった工場夜景、皿倉山や門司港レトロ展望室など地形を活かしたバリエーション豊かな夜景があること、また積極的なプロモーションも評価されたようです。今では日本国内のみならず海外からも観光客がいらっしゃるほどです。 <br />
<br />
<p class="interview">北九州市の「これから」について教えてください。 </p>
<p>
北九州はまだまだ大きなポテンシャルを持っています。未来に向けても大きく伸びていくことが期待されています。今予定されているいくつかのプロジェクトについて、ご紹介します。</p>
<br />
<p><b>
変わる北九州1）<br /> 
滑走路延長で、物流の一大拠点に <br />
北九州空港 </b></p><br />
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202312_05.jpg" alt="" /></center>
<p>
滑走路が現在の2,500mから3,000mに延長されることになりました。滑走路延長で長距離運航の制約が解決し、欧米向けの貨物運航が可能になります。北九州空港の滑走路3,000m化は、九州・西中国の物流拠点空港を目指す北九州市にとって、不可欠なプロジェクトであり、大きな期待が寄せられています。<br />
さらに、24時間運用の空港として強みを活かす動きも。例えば、午後10時までの福岡空港の制限時間に間に合わなかった航空便を北九州空港で受入れるため、関係機関と検討を進めてきました。深夜帯に到着した乗客の移動手段等の確保を目的に、福岡県と共同で、地域の交通事業者や宿泊事業者等に、協力を呼びかけ、受入体制が整いつつある状況です。<br />
</p>
<p><b>
変わる北九州2）<br /> 
SDGs未来都市の実現に向けて<br />
コクラ・クロサキリビテーション</b></p><br />
<img class="photoL"  src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202312_08.png" />
<p>
コクラ・クロサキリビテーションが目指すのはSDGｓ未来都市の実現につながるまちづくりです。例えば、安全安心で魅力的な街づくり、若い世代から支持されるIT企業の誘致、グリーンスマートビル（省エネや快適性、企業価値の向上に寄与するビル）の普及などが代表的な取り組みです。補助事業の新設・拡充や各種規制（容積率、駐車場設置要件等）を緩和し、民間開発の誘導と企業誘致の促進を積極的に行うことで、自由度の高い開発が可能です。第一弾となるIT企業専門ビル「BIZIA小倉」が2024年４月オープン予定です。<br />
<br />
その他、風力発電などのエネルギー関連産業の集積を目指す「グリーンエネルギーポートひびき」事業など、多くの計画が進行中です。<br />
北九州をプロモーションするようになって、改めて私自身もその魅力を再認識しています。同窓生のみなさんもぜひ改めてふるさとに足を運んでいただき、魅力を満喫していただきたいと思います。
また、東京事務所の公式LINE「KitaQサポーター」やInstagramで北九州市に関する情報を随時発信しています。ぜひ、ご登録お願いいたします！<br />
</p>
<p class="interview">ワクワクするお話をありがとうございました。<br />
最後に当番期である来年の総会への意気込み、久しぶりの同期との再会についての感想などをお聞かせください。</p>
<p>来年の関東総会に向けて、メンバーが集まり、リアルとオンラインのハイブリットでキックオフミーティングを行いました。30年の時を経てそれぞれ立派になっていてもあっという間に高校生の時に戻ってしまう楽しい時を過ごしました。会場選びもが含め、課題はたくさんありますが、皆さんに喜んでいただけるような総会を目指して、これから協力していきます。どうぞ、来年の関東総会を楽しみにしていてください。

</p><br />
<br />
<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<ul>
	<li>落ち着いた雰囲気の香月さんですが、北九州の話を伺うと饒舌に。北九州愛をひしひしと感じました。
</li>
	<li>コロナ以降、帰省していないしていない筆者もお話を伺い久しぶりに帰りたくなりました。
</li>
</ul>
</section>

<section class="linkList beigebox">
<h2>【関連リンク】</h2>
<br />
<ul>
	<li>北九州市ホームページ<br />
<a href="https://www.city.kitakyushu.lg.jp/index.html" target="_blank">https://www.city.kitakyushu.lg.jp/index.html</a>
</li>
	<li>北九州市東京事務所公式インスタグラム<br />
<a href="https://www.instagram.com/tokyooffice_kitakyushu/" target="_blank">https://www.instagram.com/tokyooffice_kitakyushu/</a><br />
<img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202312_06.png" alt="" width="100"/><br />
</li>
	<li>KitaQサポーター募集中（LINE登録）<br />
<a href="https://www.instagram.com/tokyooffice_kitakyushu/" target="_blank">https://www.instagram.com/tokyooffice_kitakyushu/</a><br />
<img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202312_07.png" alt="" width="100"/><br />
</li>
	<li>北九州市滑走路延長計画<br />
<a href="https://www.pa.qsr.mlit.go.jp/kap/index.html" target="_blank">https://www.pa.qsr.mlit.go.jp/kap/index.html</a>
</li>
	<li>コクラ・クロサキリビテーション<br />
<a href="https://rebuild-invitation.com/" target="_blank">https://rebuild-invitation.com/</a>
</li>

</ul>
</section></article>





</article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>どんな境界線も軽々と超える音楽のチカラ。音楽を通じて人と人とを繋げたい。</title>
		<link>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12201</link>
		<comments>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12201#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Aug 2023 12:33:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kanto-seikyokai.jp/?p=12201</guid>
		<description><![CDATA[ピアニスト、司会業、「ふくおか市民政治ネットワーク・北九州」代表とマルチに活躍し、関東総会では本部総会に続き司会を務める谷口淑子さんにこれまでの人生やピアノ、司会業、市民政治活動に対する思い、関東総会への意気込みを伺いました。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">谷口淑子さん（高45期）</span></h1>
<div class="entry-meta">取材・撮影・文＝田中ひとみ（高37期）<br />
投稿日 : 2023年8月16日（水曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202308_01.jpg" alt="" /><br />音楽もコミュニケーション</center></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">谷口淑子（たにぐちとしこ）さん</span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1993年</td>
<td>八幡高校卒業（高45期）</td>
</tr>
<td width="15%">1998年</td>
<td>昭和音楽大学ピアノ科卒業</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2004年</td>
<td>『NPO法人北九州リバーサイドミュージックBOX』理事長就任</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2008年</td>
<td>音楽活動10周年記念「谷口淑子ピアノリサイタル」を開催</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2009年</td>
<td>高見の森保育園園歌作曲</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2010年</td>
<td>日本青年会議所主催・青年版国民栄誉賞「人間力大賞2010」にノミネート。「会頭特別賞」受賞</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2011年</td>
<td>司会業をスタート</td>
</tr>

</tbody></table>
<img class="alignleft"src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202308_02.jpg"  width="200"/>　　
<p>
結婚披露宴での司会をはじめ、「コンサートのための司会者」として音楽家としての専門性を生かしながら活動中。大蔵中学校出身（高校入学前に竹下町に転居）<br /> 
<br />
2023年7月某日、オンラインにて、ピアニスト、司会業、「ふくおか市民政治ネットワーク・北九州」代表とマルチに活躍する谷口淑子さんを取材しました。ふるさとに根づいた独自の音楽活動を展開するとともに、政治を生活に引き寄せる活動を精力的に行う谷口さんに、音楽を通じて人と人とをつなぐ達成感、そして関東誠鏡会への意気込みについてお話を伺いました。 </p></div>
<br />
<h2>ピアニスト谷口淑子さんについて</h2>
<p class="interview">ピアノとの出会いについて教えてください。</p>
<p>
4歳でピアノを習い始めたのですが、小学５年生の時には「将来の夢はピアニスト」と書くほどで、とにかくピアノ大好きな子どもでした。八幡高校を選んだのもピアノの練習時間を確保できる一番近い高校という理由からで、そのために一生懸命受験勉強に励みました。入学後は勉強そっちのけでピアノまっしぐら。八高の先生は音楽を目指していることをご理解くださり、1年生で数学と理科を諦め、音大受験のために東京でのレッスンなどで学校を休むこともありましたが、温かく見守ってくださり感謝しています。大学は愛知県立芸術大学を第１志望にしたものの、残念ながら希望は叶わず。１浪して昭和音楽大学ピアノ科に入学しました。
</p>
<br />
<br />
<p class="interview">まさに“まっしぐら”ですね。その後も順調にピアノ人生を歩まれたのですか？</p>
<p>
それがですね・・・。大学３年生の時に「自分は何の為にピアノを弾いているのか」という根源的な悩みにぶつかってしまい、ピアノが弾けなくなってしまったのです。なんとか卒業をしたものの、大学院への進学を諦め八幡で実家の生花店を手伝いながらピアノとは無縁の生活を2年ほど送っていました。そんな私を心配した高校の同期の親友が、ある朝、自分の出身の保育園に遊びに行くから一緒に行こうと連れ出してくれました。気軽な気持ちで行ったのですが、予期せずピアノを披露する流れになってしまい・・・。周りに促されて覚悟を決め、弾くことになりましたが、子どもたちにウケそうなアニメソングなど知りません。結局、ロシアの作曲家ラフマニノフの「プレリュード」というピアノ曲を弾きました。演奏を終え、ホッとしたところで顔を上げると、4才ぐらいの園児の女の子が立ち上がって「いい気持ちがした！」と言ってくれたのです。<br />
運命だったのでしょうか。それが、人生最大の転機となります。なぜ自分はピアノを弾くのか、ピアニストを目指したのかを思い出す機会となりました。ピアノを弾くことで誰かに喜んでもらいたい、ピアノを通して何かの役に立ちたい…。ピアノを始めた頃の気持ちが蘇ってきたのです。何の忖度もない子どもが言ってくれたこともあって、素直に受け止めることができ、「もう一度ピアノを弾こう」と思える私がいました。そうして、再び、ピアニストとしての道を歩むことになりました。
<br />
<br />
<p class="interview">ピアニストとしては現在どんな活動をされているのですか？ 谷口さんらしさとは？</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202308_03.jpg" alt="" /><br />
音楽の楽しみ方は大人も子どもも一緒です</center>
<p><br />
大きな劇場より、野外でのコンサートといったクラシックの魅力を身近に感じていただけるような活動が私らしいスタイルでしょうか。お客様も元々のクラシックファンというよりクラシックに縁のない方、知らない方に好きになっていただきたいという思いが強いです。とはいえ、ゼロを１にするのは簡単なことではありません。代表的な活動の一つだった「リバーサイドコンサートin紫川」も、最初は本当に大変でした。地域の異業種交流会などあちこちに顔を出すなどPRしていったのですが、「演歌だったら聞くんだけどね」というような方達に、「1回の飲み会代でクラシックコンサートが聴けます」と一生懸命アピールして少しずつ少しずつ輪を広げていって。それだけに、来てくださった方から「谷口さんのおかげで、今まで全く興味なかったクラシック音楽の世界の入り口を見られた。すごくありがたい。」といっていただけた時は嬉しかったですね。やっぱりゼロを1にするっていう達成感は大きいです。これからもクラシックに縁のなかった方が、クラシックを知り、魅力を感じていただけるような場を作っていきたいと思っています。
</p>
<br />
<br />
<h2>ピアニストと司会業、市民政治活動との両立と「これから」について</h2>

<p class="interview">司会業はどんな形で活動されているのですか？</p>
<p>
司会業を始めたのはひょんなことがきっかけでした。音楽活動を続ける中で、MCの方を紹介していただく機会があって、予算的に厳しいのでお断りするつもりでお会いしたら「谷口さんが司会をされたらどうですか」とお声をかけていただいたのです。考えてみたら、演奏する曲の生まれた時代背景や作曲家のキャラクターを伝えることでよりクラシックを身近に感じていただくことができるのではないか。クラシック音楽に全く興味のない方に魅力を伝えるには言葉の力はとても重要だと、勉強してみることにしました。結果、披露宴を中心に司会のプロとしての活動も11年続いています。今では、パフォーマーとしてのわたしらしさでもあると思っています。</p>
<br />
<p class="interview">そして、市民政治活動について教えてください。</p>
<p>
市民政治活動に関わることになったのは、八高の同期の元市議会議員のお姉さんを選挙で応援させていただいたことがきっかけです。私自身が42歳で出産し、さまざまな不自由を体験したことから、“どう生きるか”を考えることに政治は切っても切れないものだと気づきました。そうして応援活動を通して「生活に政治を引き寄せる」という『ふくおか市民政治ネットワーク』の理念に共感し活動を続ける中で代表を務めさせていただくことになりました。現在も「北九州市でのMY助産師制度の制度化」をめざし、ピアニスト、司会業と並行し、活動を続けています。<br />
実は、数年前は一旦音楽も司会業も全てやめて市民政治活動一本に打ち込もうと考えた時期もありました。一方で音楽を手放すことになかなか腹を括れない私もいて。そんな中で、『ふくおか市民政治ネットワーク』の総会の最後にミニコンサートを行う機会がありました。一つの政治団体の集会でもいろんな考えや意見があって、ともすれば分断してしまいギスギスした空気になることも少なくありません。しかし、最後のコンサートでは音楽が一瞬にしてニュートラルな雰囲気にしてくれて。音楽はボーダーラインを軽々と超える力があると改めて実感し、音楽活動は100%お休みにはせずわたしのために残しておこうと。これからもそのスタイルは変わらないでしょうね。
</p><br />
<p class="interview">素敵なお話をありがとうございました。最後に当番期である今回の総会への意気込み、久しぶりの同期との再会についての感想などをお聞かせください。</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202308_04.jpg" alt="" /><br />
30年のブランクも問題なし！同級生ってありがたい</center><p><br />
30年ぶりに合った同級生たちは、オンラインの向こうでも違和感なく調和でき、またみんなが元気でそこにいてくれるだけで『ありがたい』と感じています。本部総会でも司会をさせていただき、関東は二度目の司会となります。本部総会では緊張のあまり自分では納得できる「しゃべり」ではありませんでしたが、とにかく仲間に盛り上げてもらい乗り切った覚えがあります。でも、それがむしろ、「人間らしさが見えてよかった」と評価をいただくなど、昨年の本部総会は11年の司会業の経験の中でも印象に残る会でした。<br />
今年の関東総会は、皆さんにお食事も楽しんでいただけるコロナ前に近い形で開催します。これまでのモヤモヤを吹き飛ばすような明るい会にしたいです。みなさまとリアルでお会いできることを楽しみにしています。
</p><br />
<br />
<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<ul>
	<li>谷口さんの印象はとにかくまっすぐな方で、すべてのことを楽しめる方だと感じました。そして発信上手。谷口さんのSNSはお嬢さんの成長を楽しむ様子から、「ふくおか市民政治ネットワーク」の活動、関東誠鏡会の進捗状況まで、毎日どんどん更新されています。
</li>
	<li>オンラインを通しての取材でしたが、滑舌といい表情といいさすがプロの司会者。お話もテンポ良く、気がつくと2時間以上取材をさせていただきましたが、楽しくて笑いの絶えない時間となりました。
</li>
</ul>
</section>

<section class="linkList beigebox">
<h2>【関連リンク】</h2>
<br />
<ul>
	<li>谷口淑子オフィシャルウエブサイト<br />
<a href="https://topiano6951.com/" target="_blank">https://topiano6951.com/</a>
</li>
	<li>ふくおか市民政治ネットワーク・北九州<br />
<a href="https://www.fnet.gr.jp/about/kitakyushu/" target="_blank">https://www.fnet.gr.jp/about/kitakyushu/</a>
</li>
	<li>北九州リバーサイドミュージック<br />
<a href="https://www.youtube.com/watch?v=xZ_lJ93rIy0" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=xZ_lJ93rIy0</a>
</li></ul>
</section></article>


</article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>衰えぬ好奇心とフットワークが元気の秘訣。米寿を迎え、ますます輝く大先輩に直撃！</title>
		<link>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12027</link>
		<comments>http://kanto-seikyokai.jp/?p=12027#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 20 Apr 2023 12:29:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kanto-seikyokai.jp/?p=12027</guid>
		<description><![CDATA[2023年2月某日、横浜にて、88歳を迎えた今も多彩な趣味を持ち、健康でイキイキした毎日を送る大先輩、藤原剛さんににお話を伺いました。 ]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">藤原剛さん（高5期） </span></h1>
<div class="entry-meta">取材・文＝田中ひとみ（高37期）<br />
投稿日 : 2023年4月20日（木曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202304_01_.jpg" alt="" /></center></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">藤原剛さん</span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1953年</td>
<td>八幡高校卒業（高5期）</td>
</tr>
<td width="15%">1957年</td>
<td>中央大学経済学部卒業</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%"></td>
<td>芝浦共同工業株式会社（現 株式会社IHI）入社</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1995年</td>
<td>定年退職</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1996年</td>
<td>詩吟、社交ダンス、ピアノ、登山など趣味をスタート</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2017年</td>
<td>2019年までの3年間、関東誠鏡会イベント「皇居ラン」に参加。5km以上走破</td>
</tr>
</tbody></table>

<p>
八高卒業後は中央大学経済学部に進学。大学卒業後は芝浦共同工業株式会社に入社。経理、営業を経験し、1995年に定年退職。退職後は、自治体の地域センターを拠点に様々な趣味をスタートさせ、現在もほとんど継続。誠鏡会への参加も積極的で、2017～2019年に行われた「春の皇居を走ろう」通称皇居ランには3年連続で参加し、すべて1周5km以上走破。コロナ禍以降も怠ることなく、様々な活動を続けている。枝光中学出身。<br /> 
<br />
2023年2月某日、横浜市某所にて、米寿を迎えても様々な趣味を嗜み、イキイキとした毎日を送る藤原剛さんに、大人になってもできる「好きなこと探し」、人生の楽しみ方についてお話を伺いました。 </p></div>
<br />
<h2>物怖じしない性格と人との縁が豊かにした第1の人生</h2>
<p class="interview">まずはこれまでの人生について教えてください。</p>
<p>
小さいころから、運動は好きでした。お小遣い稼ぎに中学1年生から始めたアルバイトも新聞配達、配達地域は坂が多かったこともあり、走って配達していました。結局、新聞配達は高校2年生まで続け、そこで足腰はかなり鍛えられました。その頃行われた市内の中学校対抗の駅伝大会では、選手として出場し優勝した事もあります。思えばそれが走ることへの自信につながっているのかもしれません。高校卒業後は、中央大学経済学部に進学しました。下宿先は従兄弟が住んでいた鶴見の某企業の社宅でした。そこで、のちの人生にも影響を与える偶然の再会があります。枝光の実家も鶴見同様、社宅だったのですが、小学生の頃、社宅仲間でよく遊んでいた一級上の幼なじみN君がなんと、同じ社宅の違う棟に住んでいたのです。彼は親の転勤で数年前に鶴見に引っ越していたので、5、6年ぶりでしょうか。朝、顔を洗っていたらお互いの窓越しに目が合って・・・。まるで映画のような再会でしたが、それだけに感動もひとしお。N君も当時明治大学の大学生で、あっという間に5年のブランクはなくなり昔のようなつきあいが始まりました。おかげさまで東京でも友人に恵まれ楽しい大学時代を過ごさせてもらいました。
</p>
<br />
<p class="interview">社会人としての人生は順調でしたか？</p>
<p>
いやー当時就職は厳しくてね。僕は卒業までに就職が決まらず、一旦八幡に帰ってたんです。しかし、帰省してすぐにN君から連絡がきて、「藤原君。良い就職先があるよ」って。なんでも、彼の妹さんの友達のお父さんの知り合いの会社の経理部に空きが出て大卒の人をを探しているとのこと。すぐに上京して面接試験を受
け、（株）IHI（当時は芝浦共同工業）に就職しました。1957年（昭和32年）のことです。経理部に所属しますが、8年ほど経った頃、また危機がやってきます。入社当時はそろばんを使って仕事をしていたのですが、徐々に機械化がすすみ、経理部は人員削減の流れになったのです。もう結婚もしていましたから会社を辞めるわけに
もいかない。上司である経理部長に直談判し、営業部に異動が叶いました。製品の知識など最初は苦労しましたが、人と話すことは好きだったので向いていたのでしょうね。定年まで約30年ずっと営業畑で過ごしました。激動の時代でしたが、仕事にも人にも恵まれ充実した会社員生活だったと思っています。<br />
定年後、退職金もあるし、年金もすぐにもらえるようになるからと再雇用制度は利用しませんでした。たっぷり時間ができたので、地区センターに通うとそこで様々な出会いがあり、友達も趣味がだんだん増えて忙しくなって。趣味がメインとなる第2の人生がスタートしました。1996年の頃です。
</p><br /><br />
<h2>好奇心と縁に逆らわない第2の人生を満喫</h2>
<p class="interview">例えばどんな趣味を始められたのですか？</p>
<p>
最初にはじめたのは詩吟教室でした。そこで社交ダンスをやっている人に誘われ、次は社交ダンスの教室にも通うことに。社交ダンスの教室に日本舞踊の名取の方がいらっしゃって、日本舞踊も始めることになりました。さらに、札幌支社時代のお取引先で呑み仲間でもあった商社の方のご縁で山登りサークルに参加し、毎月の山登りも趣味の一つになりました。 そして、関東誠鏡会です。かつての同級生たちも時間に余裕ができて会う機会も増えました。総会を通して同級生以外の方とも親しくなり、皇居ランにもお誘いいただき、参加することにしました。</p>
<br />
<p class="interview">走ることは趣味の一つではなかったのですか？</p>
<p>
走ることは好きでしたが、特にランニングの習慣はありませんでした。ただ、普段からダンスや山登りで足腰は鍛えているし、昔取った杵柄ということもあるので、「なんとかなるだろう」と参加しました。走ってみると、皇居1周5キロはキツイどころか楽しいくらいで。結局第2回目にも参加して、走ることも趣味の一つになったのかな？こんな感じで定年後20年たっても人と交わり充実した生活を送ることができたのはありがたかったですね。<br /> 
ところが、突然コロナ禍がやってきた。それまでの生活は一変し、いろいろとままならぬ日々が続くようになったのです。 
</p><br />
<h2>コロナ禍でも楽しめる趣味を発見。新しい目標もできた</h2>
<p class="interview">人と会えない、外にも出られないコロナ禍。藤原さんはどのように気分を上げられたのですか？</p><p>
特に人との接触が近い社交ダンスや、声を出す詩吟は集まっての練習はできません。山登りサークルも仲間たちが年を取り、頻度もすっかり少なくなっていたところにコロナ禍が来てしまい、散会になってしまうなど、はじめのころは、寂しくて気分はふさぎがちになりました。とはいえ、じっとはしていられない性分なので、一人でも楽しめる事はないかと考え、以前から少しかじっていたピアノをまたやってみようかと。ちょうど同じようなタイミングで最寄り駅に期間限定でストリートピアノが置かれて、私と同じ年頃の男性がベートーヴェンの「月光」という曲にチャレンジしたんです。決して上手ではなかったのですが、思わず「おいくつですか？どのくらい弾いてらっしゃるんですか？」と話かけました。一通り話をしたあと、私も「月光」を弾いてみたいと思ったと同時に、「また挑戦します」とおっしゃる姿勢に刺激を受けました。さらに、NHKテレビである俳優さんが山のカフェでピアノを学ぶと言う企画があって、その時に弾かれていたのは偶然にもドビュッシーの「月の光」。かっこいいなとすっかり魅せられまして、月の光にまつわる2曲をマスターしたいと近所のピアノ教室に通い始めました。元々娘が弾いていていたピアノが家にありましたから、定年後に始めていましたが他の趣味に忙しくサボリがちで。しかし、今回はかなり真面目に取り組み、毎日1時間は練習しています。今の目標は、駅や街角に置いているストリートピアノをかっこよく弾いてみること。昔に比べ上達する速度はゆっくりですが、気長に頑張っていこうと思っています。
</p><br />
<p class="interview">最後に。藤原さんにとって誠鏡会とは？</p><p>
会えば自然に八幡弁になる、懐かしい場所。この機会はとても有意義だと思っています。この3年間皆と会えなくなって寂しいですが、そろそろコロナも落ち着いてきました。また、総会で友好を深めたいです。
</p><br />
<h2>素敵なお話を本当にありがとうございました。 </h2>
<br />
<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<ul>
	<li>取材をお願いしたとき、「健康なぐらいでたいして話すことはありませんよ」と謙遜なさっていた藤原さんですが、取材の時は積極的にいろいろお話いただきました。しかし、趣味の多さにびっくり。
</li>
	<li>活動の写真を頂きたかったのですが、いただいた写真の保存が上手くいかなかっ
たとのことで写真はありません。残念。
</li>
	<li>興味を持ったことには躊躇せずチャレンジするフットワークの軽さ。幾つになっても何かを始めるのに遅いということはないということを、目の当たりに。 見習いたいです。
</li>
</ul>
</section>

<section class="linkList beigebox">
<h2>【関連リンク】</h2>
<br />
<ul>

	<li>戸塚駅ストリートピアノ<br />
<a href="https://www.city.yokohama.lg.jp/totsuka/kurashi/kyodo_manabi/manabi/music/s
treetpiano.html" target="_blank">https://www.city.yokohama.lg.jp/totsuka/kurashi/kyodo_manabi/manabi/music/s
treetpiano.html</a>
</li>
</ul>
</section></article>


</article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>推し球団の追っかけで心も身体も若返る～同窓生が語る、プロ野球を球場で観戦する魅力～</title>
		<link>http://kanto-seikyokai.jp/?p=11844</link>
		<comments>http://kanto-seikyokai.jp/?p=11844#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 28 Oct 2022 05:22:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

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		<description><![CDATA[2022年10月某日、スタジアム観戦年間20試合以上、キャンプシーズンには毎年沖縄を訪問するほどのベイスターズファン。ファン歴15年の瀧口さんに、プロ野球観戦の楽しみ方、球場で推し球団を応援する魅力について伺いました。 ]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">瀧口郁子さん（高37期） </span></h1>
<div class="entry-meta">取材＝田中ひとみ（高37期）、水野礼美（高37期）<br />
文＝田中ひとみ<br />写真提供＝瀧口郁子さん
投稿日 : 2022年10月28日（金曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202210_1.jpg" alt="" /><br />※取材前日にもテーゲームを観戦。観戦後に「ハマっ娘」仲間とパチリ（本人＝右）</center></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">瀧口郁子（たきぐちいくこ）さん</span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1985年</td>
<td>八幡高校卒業（高37期）</td>
</tr>
<td width="15%">1989年</td>
<td>京都女子大学卒業</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%"></td>
<td>東陶機器（現TOTO）株式会社入社、本社（小倉）に勤務</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1998年</td>
<td>東京支社へ転勤　横浜市に転居<br />
(2001年退社。現在はNPO法人ITスキルフォーラムサポートフォーラムに所属し、パソコン講座のインスタトラクターの傍ら、個人事務所などのシステムサポートを行っている) 
</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2008年</td>
<td>横浜スタジアムのシーズンチケットを譲り受け、横浜スタジアムに通うようになり ベイスターズファンに。以降今までの15年間で観覧した試合は350以上。</td>
</tr>
</tbody></table>

<p>
八高卒業後は京都女子大学に進学。卒業後は東陶株式会社（現TOTO）に就職し、社内システム開発携わる。1998年東京事業所に転勤後、2001年退職。以降は横浜市情報教育アドバイザーを経て、現在はNPO法人ITスキルサポートフォーラムに所属。パソコンインストラクターの傍ら、個人事務所のシステムサポートなどを行っている。2008年に横浜スタジアムのシーズンチケットを譲り受けたことをきっかけにベイスターズファンに。ファン歴15年で観覧した試合は350試合を超え、コロナ禍前は毎年沖縄キャンプを訪問するほどの熱心なファンとして、ベイスターズを愛し続けている。香月中学出身。<br /> 
<br />
2022年10月某日、スタジアム観戦年間20試合以上、キャンプシーズンには毎年沖縄を訪問するほどのベイスターズファン。ファン歴15年の瀧口さんに、プロ野球観戦の楽しみ方、球場で推し球団を応援する魅力について伺いました</p></div>
<br />
<h3>【コラム】 <br />
瀧口さんのお話の前に。プロ野球（日本）と横浜DeNAベイスターズの基礎知識</h3>
〈NPB（日本プロ野球機構）〉 <br />
JERAセントラル・リーグ（セ・リーグ）とパシフィック・リーグ（パ・リーグ）の2リーグがあり、両リーグ各6球団を擁している。4月～11月を1シーズンとし、リーグごとで順位を決めるペナントレース、リーグの上位チームで優勝を争うクライマックスシリーズ、セ・リーグとパ・リーグの各代表チームが戦い日本一を争う日本シリーズがある。その他、セ・リーグ Vs パ・リーグで争う交流戦、ファン投票によって選ばれたスターが集結するオールスター戦などもある。 <br />
<br />
〈横浜DeNAベイスターズ〉 <br />
1950年に年にセ・リーグ誕生時に大洋ホエールズとして発足。プロチームの合併などを経て、1955年に川崎を本拠地にし活動。1978年に本拠地を横浜スタジアムに移転して「横浜大洋ホエールズ」に。1992年「横浜ベイスターズ」と改称し、2011年に親会社の変更で横浜DeNAベイスターズとなり、現在に至る。球団発足以来の日本一経験は2度（1960年、1998年）。 <br />
<br />
<h2>ベイスターズファンになったきっかけは？</h2>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202210_2.jpg" alt="" /></br>ベイスターズと横浜スタジアム愛は誰にも負けない愛溢れるショット</center><br />
<p class="interview">もともとプロ野球は好きだったのですか？</p>
<p>
プロ野球を好きになったのは、小学生の時に父親にはじめて平和台球場に連れていってもらって野球を生で見たことがきっかけです。確かクラウンライターライオンズと南海ホークス戦だったかな？ルールもそれほど詳しくなかったのに面白くて、夢中になって観たことを覚えています。その後はテレビでも野球を観るようになったのですが、当時放送されるのは巨人戦ばかりだったので、ごく自然に巨人ファンになりました。中高生になってもその熱は続き、周りの女の子の友達がアイドルに騒いでいる中で私は原辰徳選手（現監督）を下敷きに入れていました。自習中に野球部の男子が持ってきたラジオで日本シリーズの放送を聴いたり、課外をサボって小倉市民球場へオープン戦を観たりしたことも、良い思い出です。<br />
大学に進学し就職してからも、年に1回程度平和台球場で巨人戦が行われる時には出かけるなど、ゆるいペースでプロ野球ファン・巨人ファンは続いていました。 
</p>
<br />
<br />
<p class="interview">ベイスターズファンになったきっかけは？</p>
<p>
横浜ベイスターズが38年ぶりに日本一になった1998年に東京支社に転勤が決まり、横浜に転居しましたが、この時はまだ巨人ファンでした。ベイスターズ愛に目覚めたのは10年後の2008年、高校の同級生が横浜スタジアムのシーズンシート（球場ごとの年間指定席。シーズン全試合のチケットの他様々な特典がある）のチケットを譲ってくれたことがきっかけです。彼女のご主人が仕事のつきあいで東京ドームと横浜スタジアムのシーズンシートを買ったのですが、横浜スタジアムにはあまり行くことがなくもったいないと考えていたところ、友人が私の野球好きを思い出し、ほぼ全試合のチケットを譲ってくれることに。その時点ではそこまでベイスターズに興味があったわけではありませんが、野球が好きで場所が近いこともあり、近くに住む友人（中学の同級生）とともに通うことになったのです。その後、ベイスターズの親会社が変わる2011年までの4年間はシーズンシートを譲っていただき、多い時は週4回、年間40試合以上観戦しました。そのうち、選手や監督に愛着が沸き、家族のようにかわいく思えてきて、今では毎年シーズン前のキャンプまで追いかける筋金入りの「ハマっ娘」（横浜DeNAベイスターズファンの女性の愛称）になりました。2012年以降、スタジアム観戦は年間20試合程度（行きたい日程の試合を、その都度予約購入）になりましたが、相変わらず1年間のスケジュールはベイスターズを中心に回っています。 
</p><br /><br />
<h2>プロ野球を球場で観戦する魅力は？</h2>
<p class="interview">「推し球団を、球場で応援する」、最大の魅力は何ですか。</p>
<p>
応援している時は、自分の気持ちを素直に表に出せるのでストレス解消になります。家族のような選手たちが頑張る姿には胸が熱くなるし、勝てば嬉しく、負ければ悔しい。球場では同じチームを応援するお互い名前も知らない人とも気持ちを分かち合えるので、その気持ちは増幅します。スタジアム内では「やったー」「あ～あ」といった歓声やため息など、　たくさんの喜怒哀楽が楽しめるのも面白いです。応援の方法は人それぞれで、静かな人もいれば、騒がしい人もいる。私の場合は、「選手と共に戦う」応援スタイルで、試合中に酔っぱらうなんてとんでもない。ミネラルウォーター片手に、選手と一心同体のつもりで真剣勝負で観戦しています。<br />
スタジアムのスタッフとの交流も楽しいですよ。以前は、お気に入りの売り子さんがいたので、その人から決まってお弁当を購入し、仲良くなったこともありました。</p>
<br />
<p class="interview">ベイスターズファンになって一番よかったことは？</p>
<p>
「番長（三浦大輔監督）」に出会えたことでしょうか。彼はとにかく人間性が素晴らしいんです。選手時代から老若男女どんな人にもフラットに必ず笑顔で接してくれます。沖縄キャンプのファンサービスでは100人以上並ぶのですが、必ず最後まで応じてくれるなど見習うことも多く、私より7歳も年下ですが、尊敬しています。監督としての成績はイマイチで厳しい声も聞かれますが、私と友人は何があっても番長の味方。私の王子様です。2016年の現役引退試合の時は、友人が何と9時間も並んでチケットを取ってくれ、涙涙で最後の試合を観戦したことは今でも心に残っています。 <br />
ベイスターズファンになってから横浜への愛着も深くなりました。大学時代に旅行で訪れてから憧れを持っていた横浜に住むことになって、その横浜でベイスターズを通じて好きな野球を身近に感じている。振り返れば、昔から思い描いていた「夢」が、叶っているんですね。そんな今を嬉しく思っています。 
</p><br />
<p class="interview">これから、球場で野球を楽しみたい人へ。野球観戦をとことん楽しむ方法</p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202210_3-e1666852109925.jpg" alt="" /></br>毎年購入するプロ野球選手名鑑。大きいものは自宅用、小さいものは球場で相手チームの確認するためのもの。</center><br />
<p>
自分なりに楽しむことが一番。そして、はじめは基本的なルールを知っていれば十分です。通な人の中には、試合の戦略、球種、マニアックなことに詳しい人もいますが、そうでなければ楽しめないことは全くありません。例えば、私は未だにピッチャーが投げた瞬間は、「ストライク」「ボール」が分かる程度で、細かい球種までわかりませんが、つまらないと思ったことはないです。ただ、チームや選手のことを知っていると、試合は「ドラマ」に変わります。さらに応援するチームだけでなく、他チームを知ると俄然面白くなるので、選手名鑑は必需品です。あと、9回2アウトからドラマが待っていることも多いので、試合は最後まで見てくださいね。<br /> 
最近は、誰でも楽しめるイベントもたくさんあります。球場も綺麗になりましたし、球場で応援するファンの3割が女性です。女性の方で、野球は敷居が高いと思っている方も、気軽に球場を訪れていただきたいですね。また、誰かを応援すると、気持ちにハリが出て元気になります。年を重ねてもイキイキしていたい方、おすすめです。
</p>
<h2>楽しいお話を本当にありがとうございました。 </h2>
<br />
<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<b>1）必見！甲子園歴史館</b>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202210_4.jpg" alt="" /></center><br />
<p>
高校野球も大好き瀧口さん。野球観戦のため関西へ行った際、甲子園歴史館に入り、『八幡』の名前を見つけた時は大興奮したそうです。甲子園に出場した全高校の名前が入ったボールが壁一面に飾ってあります。また、ドラフト指名体験もできるなど、甲子園ファン、野球ファン垂涎のコンテンツが数多くある甲子園歴史館はおすすめだそうです。<br />
<br />
<b>2）笑えます。コアな野球ファンならではのあるある。</b> 
①買い物の時にのこだわりが変わった<br />
例えば、洋服でも敵チームのシンボルカラーは極力選ばないそう。逆にベイスターズのシンボルの青や星モチーフのものはついつい買ってしまうのだそうです。<br />
②シーズン中だけスカパーの野球セットに加入する<br />
一試合も見逃せないのだとか。逆に録画して観た試合は決まって負けるジンクスがあるそう。<br />
③月曜日は心の休息日<br />
仕事があっても、野球の試合がない月曜日は、緊張感が和らぎ気が休まるのだそうです。 
</p>
</section>
<br />
<section class="linkList beigebox">
<h2>【関連リンク】</h2>
<br />
<ul>
	<li>横浜DeNAベイスターズ公式サイト<br />
<a href="https://www.baystars.co.jp/" target="_blank">https://www.baystars.co.jp/</a>
</li>
	<li>横浜スタジアム公式サイト <br />
<a href="https://www.yokohama-stadium.co.jp/" target="_blank">https://www.yokohama-stadium.co.jp/</a>
</li>
	<li>甲子園歴史館公式サイト<br />
<a href="https://koshien-rekishikan.hanshin.co.jp/" target="_blank">https://koshien-rekishikan.hanshin.co.jp/</a>
</li>
</ul>
</section></article>


</article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ごきげんよう。狛犬のコマちゃん。～狛犬の歴史を知ると、気になる存在になります～</title>
		<link>http://kanto-seikyokai.jp/?p=11709</link>
		<comments>http://kanto-seikyokai.jp/?p=11709#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Aug 2022 05:07:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kanto-seikyokai.jp/?p=11709</guid>
		<description><![CDATA[都筑さんの狛犬愛やそれぞれの時代の狛犬の特徴などについてお話を伺いました。また、浅草から向島にかけての狛犬探訪もお楽しみください。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">都筑（つづく）友美さん(高16期)</span></h1>
<div class="entry-meta">取材・文＝野口かほり(高39期)<br />写真＝都筑友美さん・野口かほり
投稿日 : 2022年8月26日（金曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202208_01_.jpg" alt="" /></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">都筑友美さん</span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1964年3月</td>
<td>八幡高校卒業（高16期）</td>
</tr>
<td width="15%">1964年</td>
<td>株式会社安川電機　就職</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1968年</td>
<td>結婚</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1975年</td>
<td>東京転勤に伴い転居</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1981年</td>
<td>アメリカ転勤に伴いシカゴに転居　※この後11回の海外国内の転居が続きます。</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1998年</td>
<td>東京に帰国</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1999年</td>
<td>現在お住いの川崎に転居</td>
</tr>
</tbody></table>

<p>
2022年2月号「同窓生・この人」にご登場の高16期木村さんから「狛犬が大好きな面白い方がいるのよ～」というご紹介です。<br />
狛犬のお話を伺うつもりが、歴史や民俗学など都筑さんの興味は幅広く興味深いものでした。
そして、お話だけではもったいない！ので、「狛犬探訪」に同行し取材者までもが狛犬にハマってしまう結果になりました。</p></div>
<br />
<p><br />
2022年3月某日　狛犬や古代史にまつわるお話や、ご自身のお話を聞きました。<br />
2022年5月某日　「狛犬探訪　浅草コース」を計画。都筑さんに同行してお話を伺いました。<br />
【参考図書】<br />
　藤倉郁子　「狛犬」「狛犬の歴史」<br />
　三遊亭円丈　「THE　狛犬！コレクション」<br />
</p><br />

<p class="interview">狛犬について興味を持ったキッカケを教えてください。</p>
<p>
1994年ドイツのフランクフルトに居住していました。朝日新聞の図書案内に、ねづてつや著「狛犬学事始」を知り、日本から取り寄せました。その時点では、民俗学的興味からでしたが、発行日が私の誕生日と同じ。その年は戌年でしたが、「私も戌年！」という、ちょっと嬉しい気分でしたね。<br />
翌年（1995年）、一時帰国し新宿の紀伊国屋書店にて、藤倉郁子さんの著書「狛犬」を見つけました。立派な布表紙の重厚な本で、4000円もするので迷いましたが、これまた発行日が私の誕生日と一致。戌年、誕生日、狛犬、がリンクして、これも何かのご縁かと勝手に思い込み、購入しドイツに持ち帰りました。<br />
その翌年（1996年）の一時帰国の時です。藤倉さんにお電話してお会いすることができ、彼女とは、初めてお会いした時から狛犬だけでなく古代史のことなど、多くを語り合いました。1998年の帰国後から、狛犬や古墳探訪、展覧会などなど藤倉さんとご一緒するようになりました。また、それぞれが旅先や展覧会等で得た情報や写真やパンフレットの交換をさせていただきました。ひと回りも年が違う大先輩ですが、有難いことでした。<br />
2000年に「狛犬の歴史」が出版された際には、私のお知らせした、久留米の水天宮の「肥前狛犬」や中国の西安にある「明の十三陵」の参道に並ぶ狛犬のルーツかもしれない石像群の写真が掲載されたのも嬉しいことでした。
</p>
<br />
<br />
<p class="interview">狛犬について、教えてください。</p>
<p>
狛犬のルーツは、8世紀ごろ奈良時代の仏教伝来とともに獅子の意匠が伝わってきたものです。それと同時に、伎楽（※1）も伝わり唐風と高麗風の獅子舞も伝わってきます。10世紀の平安時代、天皇御座所の御帳台の前に、辟邪（※2）と風鎮（※3）のため木造の獅子と狛犬が一対で置かれるようになります。<br />
向かって右に獅子。体は黄色（黄金）たてがみは緑色、口は開く（阿形）。<br />
向かって左に狛犬。体は白色（銀色）たてがみは紺色、角を持ち口は閉じる（吽形）。<br />
<br />
※1伎楽（ぎがく）・・・古代インド・チベット地方に起こり、推古天皇の時、百済から伝わった音楽つきの無言仮面劇。寺院の儀式や大仏の開眼供養で舞われた。<br />
※2辟邪（へきじゃ）・・聖獣。邪悪を避けるため。<br />
※3風鎮（ふうちん）・・御帳台の帳の帷（かたびら・垂らされた布）が風に吹かれるのを防ぐための鎮子。<br />
<br />　
平安時代の11世紀（1039年）、後朱雀天皇が伊勢神宮に金と銀の木彫りの狛犬を一対奉納しました。11～14世紀にかけて、初めは権力者の氏神から次第に庶民や地方の神社でも狛犬が社殿の中や縁先に置かれるようになります。この時代までの狛犬は木像であり仏師の手により作られているので、優秀なものが多いです。<br />
12世紀（1196年）、運慶・快慶の金剛力士像で有名な東大寺南大門の中（裏面）に日本で一番古い石造狛犬があります。作者は宋人で二体とも阿形で角はありません。同じ系統の狛犬は福岡の宗像大社や観世音寺にあり、いずれも鎌倉時代です。<br />
17世紀　江戸時代　関東で一番古い石造狛犬は寛永13年（1636年）日光東照宮の家康の墓の前に二人の大名が神君（東照大権現という神になった家康）の墓を守るために設置したものです。その後、武士たちが真似をして神社の参道に奉納し、それを見た町人たちが真似をして、狛犬ブームとなっていきました。一般の人々はご利益の大きい神社や身近に建てられた鎮守の森に石の狛犬を奉納。石工の活躍も18世紀にはめざましいものとなり、今日、私たちが神社の境内で見る石造狛犬はほとんど18世紀以降のものと思われます。当時の石工さんたちは獅子（ライオン）を見たことがないので、唐獅子（中国風）の絵などを参考にしながら自分流で彫ったのでしょうね、バラエティ豊かでそれがまた面白いです。<br />
明治～昭和時代　神仏分離令が出され国家神道の考え方が広められます。昭和の軍国主義の影響もあり護国神社が増え戦威高揚のためか参道には勇壮で立派な狛犬が造られました。「招魂社系狛犬」と呼びます。昭和に入ると、整った顔で凛々しくはありますが対の像はどちらも獅子型で個性がなく地域性のないワンパターンの狛犬が多数つくられました。<br />
これらの像を私は「昭和の狛ちゃん」と呼んでいます。
</p><br />
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202208_02.jpg" alt="" /><br />
▲参考写真・・・岐阜　下呂温泉合掌村「狛犬博物館」にて　</center>
<br />
<p class="interview">狛犬を見るポイントやお勧めがあれば、お教えてください。</p>
<p>
私の場合は、狛ちゃんに「こんにちは。ごきげんよう。」とあいさつしてお顔拝見。次に台座の後ろや側面をみます。苔や汚れで見にくいですが光を利用して様々な角度から見て読み取ります。奉納した人や建立年、石工の名前が彫ってあるので、時代や人気の石工さんもわかります。時代によって、顔や形も異なる特徴がありますが、私の好きなのは、江戸前期の狛犬です。一見ヘンテコで不細工ですが可愛いですよ。<br />
<br />
東京近郊でお勧めの狛ちゃんをいくつか紹介します。<br />
●目黒不動尊（滝泉寺）　<br />
　1654年　反歯で鼻が開いています。平伏形<br />
　1862年　山犬形（三峰神社や御嶽神社など修験道系の寺・社に有り、オオカミ＝狼＝大神の信仰に寄る<br />
●六郷神社<br />
　1685年（貞享2年）反歯で鼻が開いており、角があります。<br />
●赤坂　氷川神社<br />
　1675年（延宝3年）ガマ蛙のような顔。他に明治・大正・昭和の狛犬がいます。<br />
●鶴岡八幡神社<br />
　1668年（寛文8年）参道階段下。大きな体ギョロ目で上向きの鼻がユニーク。<br />
●府中　大国魂神社<br />
　鎌倉時代　木彫りの狛犬。境内各所に違った形の狛犬が5対ほどいます。</p><br />
</p><br />
<h2_1>狛犬探訪　～浅草編～</h2_1><br />
<p><br /><b>浅草寺</b>→<b>浅草神社</b>→（二天門）→（言問橋）→<b>牛島神社</b>→（見番通り）→<b>三囲神社　（顕名霊社）</b><br />
すみだリバーウォークや東京ミズマチでの散策やショッピングも楽しめます。<br />
<br />
【浅草寺】<br />
雷門の正式名称は、風雷神門（ふうらいじんもん）。現在の門は松下幸之助の寄進で再建されたものです。雷門と書かれた大きな提灯をくぐったら、ちょっと振り返ってみてください。提灯の逆側には風雷神門とかかれています。そして、門の裏側には一対の龍神像が祀られています。右側に「金龍」（男神）、左側に「天龍」（女神）が置かれています。作者は人間国宝の平櫛田中です。素晴らしい像だと思います。<br />
龍神は水を司る神です。火災の時、水を吐いて鎮めてくれるのを願って神社の彫刻によく使われています。因みに、寺の本堂の天井画が龍なのも同じ理由からです。<br />
❖恵日須・大黒堂・・・　延宝年間　江戸初期の小さな狛ちゃん<br />
❖弁天堂・・・享保13年　江戸中期　1体のみ<br />
<br />
【浅草神社】<br />
夫婦狛犬と名付けられた狛犬がいます。初めて見つけたときは（だいぶ前ですが）境内の隅の草むらに埋もれて忘れられたように置かれていた古い狛ちゃんでしたが、10年位前から整備され、赤い傘と賽銭箱とともに置かれてご利益狛犬にされてしまいました。パンフレットにも掲載されて人気があるようですが、夫婦円満を願って行列ができています。<br />
狛犬の頭頂部には穴が開いていますが、これは元々角や宝珠があった名残です。古い狛犬は風雨にさらされ破損することがよくあります。その穴に水が溜まっているのを見て「河童狛犬」と銘板が立っていることもありますよ。<br />
❖江戸後期の狛犬・・・　顔は平たく、たて髪は長い、子供あり、岩山に乗る犬型狛犬<br />
❖招魂社系狛犬　一対<br />
❖夫婦（めおと）狛犬・・・　江戸初期<br />
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202208_03.jpg" alt="" /><br />
<p>▲夫婦狛犬　</center><br />
<br /><p>
【牛島神社】<br />
隅田川を超えて久しぶりに牛島神社を訪ねます。<br />
ここの鳥居は奈良の大神神社（おおみわじんじゃ）と同じ形三輪鳥居（みのわとりい）といってとても珍しい形です。大きな鳥居の両脇に小さな鳥居がついていますよ。<br />
そして、ここには狛犬ならぬ狛牛が座っています。その後ろにはちゃんと獅子の狛ちゃんもいますよ。<br />
名物の「撫牛」も見ていきましょう。自分の体の悪い部分と牛の体の同じところを撫でると、病気やケガが治るといわれています。<br />
❖享保14年（1729年）江戸中期・・・阿形・宝珠。吽形に角あり<br />
❖文化8年（1811年）江戸後期<br />
❖撫牛・・・　文政8年（1825年）<br />
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202208_04.jpg" alt="" /><br />
<p>▲牛島神社　台座の文字を読む（阿形・宝玉）</center><br />
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202208_05.jpg" alt="" /><br />
<p>▲三囲神社　台座の文字を読む</center><br />
<br />
<p>【三囲神社】<br />
少し歩くと三囲（みめぐり）神社です。祭神が穀物神の宇迦御魂之命で稲荷神社だからでしょう、狛犬が狐の姿をしています。豪商三井家が守り神として崇め、現在にわたり守られています。三柱石鳥居は三井邸より移築されました。とても珍しい形です。<br />
境内には三越池袋店のライオン像があります。2009年の閉店の際に奉納されました。顕名霊社には茶色の狛ちゃんがいました。柵で囲まれていましたが、お顔も色もこれまでの狛ちゃんとは少し違います。これは、川端玉章の下絵により彫られたもので、なかなかユニークです。その奥にもだいぶ古い狛ちゃんの姿が見えます。20年ほど前は、狛犬に近づけないときでも、必死で柵の隙間や塀の上に手を伸ばして写真を撮ったりしました。<br /></p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202208_06.jpg" alt="" /><br />
<p>▲顕名霊社　正面（柵外）</p></center><br />
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202208_07.jpg" alt="" /><br />
<p>▲顕名霊社　横</p></center><br />
<p>❖延宝7年（1679年）江戸初期の狛犬<br />
❖狐の狛犬　御祭神が穀物神の宇迦御魂之命（うかみのたまのみこと）系なので。<br />
❖顕名（あきな）霊社　　三井家先祖をまつる　明治7年建<br />
❖三柱石鳥居と井戸<br />
❖三越のライオン像<br />
<br /><br />
<p class="interview">最後にひとこと</p>
<p>
今回お話させていただいた狛犬のお話は、私の好きな歴史のほんの一部ですが、皆さんに興味を持っていただければ嬉しいです。友人からは、いままで気にしていなかったけど、神社に行くと狛犬を見るようになったのよ。と言われたりします。<br />
久しぶりの狛犬探訪では、新しい発見と狛ちゃんとの出会いがあり楽しい一日でした。<br />
狛犬は、名物石工さんの造形、狛犬の素材（木、石、陶器）地域別の特徴、オリエント発の狛犬のルーツ等々、奥深いです。実は古代史が好きで古事記や日本書紀に出てくる神々が神社の御祭神ということもあり、狛犬目的というよりも、神社そのものの成り立ちや建築様式などに関心があり、中学生のころから訪ねていました。<br />
最近はご利益を求め、パワースポットや御朱印巡りなど、デートスポットとしても訪れる人が多いようです。有名神社はそれで潤うでしょうが、昔から地域の氏神様として守られていた小さな古社は存続の危機に直面しています。そんな神様にもお賽銭を上げてくださるとうれしいです。<br />
散策によい季節になったら、またプラプラと歩いてみようと思っています。
</p><br />
<br />
<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<p>普段から、神社を参拝し御朱印をいただくことはありましたが、狛犬にそれほど注目したことはなく、どれも同じようなものだと思っていました。都筑さんのお話をきいて、狛犬が造られた時代や文化を知ると一層かわいく見えてくるから不思議です。<br />
今回都筑さんとご一緒した狛犬探訪は、狛ちゃんを訪ねて歩く冒険と、出会った狛ちゃんの年代や石工を探る暗号を読むようなワクワクが詰まった楽しい体験でした。
</ul>
</section>

</article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>未来のクリーンエネルギーの礎を築く ～持続可能エネルギーの切り札「洋上風力発電」の今、未来を聞く～</title>
		<link>http://kanto-seikyokai.jp/?p=11589</link>
		<comments>http://kanto-seikyokai.jp/?p=11589#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 30 Jun 2022 05:37:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[kantoseikyokai]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[同窓生・この人]]></category>

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		<description><![CDATA[今話題の再生可能エネルギーの中でも、特に環境に優しく発電時のコスト面で有利だと注目を浴びる洋上風力発電。
その現状とこれからの発展についてお話を伺いました。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<article class="konohito">
<h1 class="entryPostTitle"><span class="intname">五洋建設（株）洋上風力事業本部<br />
西村行雄さん（高44期）</span></h1>
<div class="entry-meta">取材・文＝田中ひとみ(高37期)<br />写真提供＝西村行雄さん
投稿日 : 2022年6月30日（木曜日）</div>
<div class="mainvisual"><center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202206_01.jpg" alt="" /></div>
<br />
<div class="profile">
<h3><span class="dischra">Profile</span><span class="fontb">西村行雄さん </span></h3>
<table border="none">
<tbody>
<tr>
<td width="15%">1992年</td>
<td>八幡高校卒業（高44期）</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">1997年</td>
<td>神戸商船大学卒業 </td>
</tr>
<tr>
<td width="15%"></td>
<td>五洋建設（株）入社　半年間は山岳トンネルの現場で研修<br />
同技術研究所に配属</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2000年</td>
<td>土木プロジェクト部に所属し、海底トンネルの工事計画に携わる</td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2011年</td>
<td>九州支店に異動　技術提案業務に携わる </td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2016年</td>
<td>本社に異動 </td>
</tr>
<tr>
<td width="15%">2018年</td>
<td>「洋上風力発電事業本部」のプロジェクトメンバーになる</td>
</tr>

</tbody></table>

<p>
八幡高校卒業後、神戸商船大学商船学部にて海洋機械管理を学ぶ。大学卒業後、五洋建設（株）に入社。半年の現場研修後、技術研究所で様々なプロジェクトで工事計画・技術開発に携わる。2000年に土木プロジェクト部に移動し、沖縄、北九州（若松／戸畑）、大阪での海底トンネルの工事計画・施工に携わる。2011年より九州支店、2017年に本社に戻り、洋上風力事業本部に配属、風車の土台建設の建築計画に携わる。中間南中学出身。</p></div>
<br />
<p><br />
2022年6月某日、東京・八重洲にて、洋上風力発電の建設計画に携わる西村さんに、洋上風力発電の現状と未来の展望についてお話を伺いました。
</p><br />

<h2>「洋上風力発電」とはどんなものですか？</h2>
<p class="interview">現在の「洋上風力発電」事情について教えてください </p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202206_02.jpg" /></center>
<p>
洋上風力発電とは、風車による発電を海で行うことを言います。温室効果ガスを発生させない地球にやさしい発電方法として日本でも注目を浴びている風力発電ですが、陸上よりも風の状況がよく、輸送や設置での制約が少なく大型化も可能な洋上風力発電は、効率的にクリーンエネルギーを生み出す発電方法としてヨーロッパを中心に導入が拡大しています。特に島国であるイギリスの導入の伸びは著しく、2020年現在2000本を超える風車が稼働しています。イギリスと同様に四方を海に囲まれた日本でも、2050年のカーボンニュートラル実現へ向けて持続可能なエネルギーとして大きな期待が寄せられおり、さまざまなプロジェクトが計画されています。
</p>
<br />
<p class="interview">「洋上風力発電」プロジェクトでの西村さんの役割は何ですか？ </p>
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202206_03.png" /><br />
洋上風力発電プロジェクト導入状況及び計画（経済産業省HPより）</center>
<p>
<br /><br />
洋上風力発電設備は、主に風車とそれを支える基礎（土台）部分で成り立っており、風車の基礎を海底に固定する「着床式」と、海上に風車を浮かべる「浮体式」の2種類があります。我々が携わっているのは、「着床式」の建設です。その中で私は、建設工事に向けた計画、特に建設工事に使用する機械や作業船に関わる計画をしています。日本の洋上風力発電事業が本格的になるのはこれからです。日本より技術が進んでいるヨーロッパの技術を取り入れながら導入が始まっている状況です。
</p><br />
<h2>西村さんと洋上風力発電の関わりについて </h2>
<p class="interview">元々、エネルギーに関わる仕事をされていたのですか？</p>
<p>
いいえ。今回のプロジェクトに関わるまでは、エネルギー部門とはほとんど縁はありませんでした。それまでは、海底トンネルの建設や公共事業の入札の際に独自の新しい技術を提案する業務に携わっていました。この業務に関わることになったのは、社内で新規に洋上風力事業本部を立ち上げ、洋上風力事業へ本格的に取り組むことになったことと大きなプロジェクトが地元・北九州で始まることを知り、参加したいと思ったのです。単身赴任だったこともあり、北九州の家族に会える機会が増えることも魅力のひとつでした。 </p><br />
<center><img src="http://kanto-seikyokai.jp/wp-content/uploads/konohito_202206_04.png" /><br />
不安定な水上工事も安定して作業を行うことができるSEP船</center>
</p>
<br />
<p class="interview">五洋建設に入られた理由は何ですか？ <br />
大きなプロジェクトに参加したかったからですか？ </p>
<p>
五洋建設へは、教授から『西村は、メーカーで細かいことをするよりもダイナミックな建設業がいい！』と紹介され入社したのですが、就職活動時はただ「モノづくりをする会社に入りたい」というくらいの考えでした。面接で志望動機をはっきりいうことができず、人事担当の方に怒られた記憶があります。ただ、昔からモノづくりは好きでエンジニアになりたいという思いは強かったので大学では機械を専攻、船に関わるモノづくりに興味があったことから神戸商船大学に入学しました。今思えば、五洋建設が海と深く関わっていることにも魅力を感じていたのかもしれません。
</p><br />
<h2>日本の洋上風力発電の「今」、そして未来の姿とは</h2>
<p class="interview">どんな課題、苦労がありますか？ <br />
洋上風力発電を通してどんな未来になってほしいですか？</p>
<p>
洋上風力発電設備は、水上に設置するため陸上よりも頑丈な作りにする必要があります。工事も当然水の上で行うため、風や波による船の揺れをなくし効率的に作業できるSEP船（Self Elevating Platform：自己昇降式作業台船）という作業船を使うなどかなり特殊なもので、費用はもちろん高度な技術が求められます。しかし、現時点では、日本の洋上風力発電はヨーロッパに比べて30年ほど遅れているため、ヨーロッパの機材や技術に頼らざるを得ない状況です。また、日本とヨーロッパでは自然環境（風や海底の高低差）も違いがあるため、日本独自の技術開発も必要です。私自身で言えば、資料が全部英語であるため、読むだけで大変な苦労です（笑）。とはいえ、コツコツと実績を積み重ねていけば10年後には機械も技術も全て「Made in Japan」になれるはず。今、自分たちが「先駆者」としてこの場にいられることには誇りを感じています。環境に優しくコストパフォーマンスに優れた洋上風力発電を、未来に残していけるよう、頑張っていきたいと思っています。
</p><br />
<p class="interview">興味深いお話を本当にありがとうございました。 <br />
最後に当番期である今回の総会への意気込みをお聞かせ下さい。</p>
<p>
昨年末、黒崎で誠鏡会総会後の44期懇親会に参加しました。久しぶりに懐かしい面々と会えて、普段感じることができない楽しさと刺激をもらえた気がします。こうしたつながりは、職場仲間に聞いても、あまり例がなく、非常に貴重だと思いました。歴史ある八幡高校だからこその会だと思うので、同窓生の皆さん、懇親会には積極的に参加して交流を深めましょう。 
 
</p>
<br /> <br />


<section class="borderBox">
<h2>【編集後記】</h2>
<ul>
	<li>西村さんは高校時代はラグビー部で活動。食欲旺盛でお弁当は午前中に完食、昼は学食＆クラウンパン、放課後はつる商店で買い食いをしていたそうです。久々に懐かしい名前を聞きました。 
</li>
	<li>お父様がエンジニアだったこともあり、モノづくり好きは筋金入り。なんと小学生の時には自転車を分解し、組み立ていてたそうです。
</li>
	<li>建設のお仕事をしていて心に残っている出来事は、携わっていた沖縄の海底トンネルの開通後、那覇空港からのタクシーで運転手の人に「このトンネルができて便利になった。トンネル抜けた後の景色が好き」と言われたこと。人の生活に直接関わるインフラの仕事のやりがいを覚えた瞬間だそうです。
</li>
</ul>
</section>


<section class="linkList beigebox">
<h2>【関連リンク】</h2>
<br />
<ul>
	<li>五洋建設風力発電<br />
<a href="https://www.penta-ocean.co.jp/business/solution/sol_14/index.html" target="_blank">https://www.penta-ocean.co.jp/business/solution/sol_14/index.html</a>
</li>
	<li>経済産業省再生可能エネルギー<br />
<a href="https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energykihonkeikaku2021_kaisetu03.html" target="_blank">https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energykihonkeikaku2021_kaisetu03.html</a>
</li>
	<li>洋上風力発電とは何か？ どんな仕組みでどんなメリットがあるのか？<br />
<a href="https://www.sbbit.jp/article/cont1/34043" target="_blank">https://www.sbbit.jp/article/cont1/34043</a>
</li>
	<li>SEP船(Self Elevating Platform)の動画リンク<br />
<a href="https://youtu.be/bULL4KZk5hc" target="_blank">https://youtu.be/bULL4KZk5hc</a>
</li>
</ul>
</section></article>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="color: #0000cd;">掲載されたブログに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。 <br /> <a style="color: #ff0000;" href="https://pya-kantoseikyokai.ssl-lolipop.jp/mainweb/?page_id=4754">こちら</a>よりお寄せください。</span></h2>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
